日本乳癌学会のWeb版「乳癌診療ガイドライン」

ガイドラインについて

 乳癌診療ガイドライン2015年版

―これまでの10年を踏まえ,将来の10年を見据えたガイドラインを目指して―

 

日本乳癌学会診療ガイドライン委員会 委員長
国立がん研究センター東病院 乳腺・腫瘍内科
向 井 博 文

1.乳癌診療ガイドラインのこれまでとこれから

 日本乳癌学会が最初のガイドラインを刊行して10年が過ぎた。10年前の当時はガイドライン作成に関する知識やノウハウが乏しく,いわば手探りの状態であったが,まずはわが国にガイドラインを誕生させることに一つの意義があった。手探りゆえ,作成に際し参照するのはどうしても欧米のガイドラインが主となり,その結果,出来上がったものは外国のガイドラインの単なる日本語訳ではないか,との批判も受けた。当時,日本発の質の高いエビデンスが今ほどはなく,ガイドラインの参考文献をほとんど欧米からのものとせざるを得なかったのもその背景にあった。しかし10年が過ぎ状況は一変した。ガイドラインの作成手法は世界的規模で試行錯誤が繰り返されつつ洗練され,いまや一つの標準形として“ガイドライン作成のためのガイドライン”がつくられるまでになっている。また,ガイドラインの評価に関する標準化も進み,AGREE,Shaneyfeltなど,そのガイドラインが信頼に足るものかどうかを判断する基準も明示されるようになった。

 日本乳癌学会の診療ガイドラインにおいても,ノウハウの蓄積とともに作成効率は飛躍的に向上し,以前に比べるとむしろ作業量は増えているにもかかわらず短期間で作業を進めることができるようになった。また,内容においても日本独自の診療についてCQで積極的に取り上げてその位置づけについて解説するとともに日本からのエビデンスを大切にする方針を明確に打ち出している。その結果,欧米のガイドラインとは色合いの違うものになっている。

 ガイドラインの普及と相まって,一方で,物事を割り切って深く考えずに済ます風潮,すなわち工夫のない診療が助長されていることが昨今危惧されている。また,ガイドラインに掲載されているということを根拠に,個々の患者がもつ多様性を考慮に入れず過剰にガイドラインを適用しすぎるという問題も指摘されている。

 これらは必ずしもガイドラインに限った問題ではなく,各医療者が現在あるエビデンスとどう向き合うか,という姿勢を問われているのかもしれない。しかしガイドラインを使用するに際しては,利用者には特段の注意が求められることは間違いない。また,医事紛争や医療訴訟の資料として用いることはガイドラインの目的から逸脱するものである。

 これまでの10年,乳癌診療ガイドラインは俯瞰していうと日本の乳癌診療従事者にグローバルスタンダードを示すことに注力してきたように思う。しかしこれからの10年は,世界の状況を示しつつも日本の乳癌診療の独自性と優位性を堂々と謳うガイドラインでありたいと考えている。これが日本の乳癌診療の標準である,と誇りをもって世界に示していくことがこれからの10年の課題である。

 それは,日本から出されたデータを積極的に採用して文字通り“日本の”診療ガイドラインにする努力と,しかし日本独自にこだわりすぎるような偏狭な姿勢は決してとらず,批判を柔軟に受け入れバランスをとりながら,常に修正と改善を繰り返すことで生み出されるものと信じる。

2.乳癌診療ガイドラインのこれまでの経緯

 平成13~14年度の「厚生労働省科学的根拠に基づく乳がん診療ガイドライン作成に関する研究(班長:国立病院四国がんセンター院長 高嶋成光)」によりわが国で初めての乳癌における包括的なガイドラインが作成された。このガイドラインの完成を受け,日本乳癌学会臨床試験検討委員会(高塚雄一委員長)は,今後のガイドラインの改訂作業を日本乳癌学会で行うことを提案,理事会で承認された。日本乳癌学会は,診療ガイドライン委員会のもとに,外科療法小委員会(委員長:池田正),検診・診断小委員会(委員長:大内憲明),薬物療法小委員会(委員長:渡辺亨),放射線療法小委員会(委員長:平岡眞寛),疫学・予防小委員会(委員長:下妻晃二郎)と評価委員会(委員長:佐野宗明)を設置し,各委員を任命した。2004年に「乳癌診療ガイドライン1薬物療法」を刊行以降,薬物療法は3年ごとに計4回,2外科療法,3放射線療法,4検診・診断,5疫学・予防は2005年より3年ごとに計3回の改訂がなされた。一方,2006年には,5分野すべてを網羅した患者向けガイドラインが策定された。患者向けガイドラインもこれまで計3回改訂されている。2011年からは昨今の医療技術や薬物療法のめざましい変化に即応すべく,全分野を統合したWEB版ガイドラインを作成した(2011年9月1日より正式公開)。また,WEB版に合わせて,書籍も2011年から,①治療編と,②疫学・診断編の2分冊とし,より臨床の現場で活用しやすいようにした。2011年以降,ガイドラインは従来の3年ごとから2年ごとに改訂を行うこととなった。さらに2013年版より,その英語ダイジェスト版を日本乳癌学会の機関誌であるBreast Cancer誌に掲載している。

3.本ガイドライン(2015年版)の策定手順

 今回の改訂を行うにあたり新たな委員会メンバーが任命され,2014年10月より本ガイドライン(2015年版)の作業が開始された。以下に具体的な作成手順を示す。

ステップ0&1 CQの作成,決定

 最初に委員全員参加の全体方針会議を開催し作業方針を確認した。以降は,「薬物療法」「外科療法」「放射線療法」「疫学・予防」「検診・画像診断」「病理診断」の6領域別に並行して作業を行った。領域ごとに協議して2013年版のCQを照合しつつ整理し,取り上げるCQが決定された。

ステップ2 文献検索

 委員一人あたり2~6のCQを担当した。委員は担当するCQにおいて関連するキーワードを選定し検索者に提示した(キーワードの例:breast neoplasms,drug therapy,trastuzumab)。検索者として日本医学図書館協会の16名〔阿部信一(東京慈恵会医科大学学術情報センター),大崎泉(同左),細矢敬子(同左),満岡侑子(国家公務員共済組合連合会中央図書室),小嶋智美(協会個人会員),石原千尋(名古屋大学附属図書館医学部分館),金田佳子(富山大学学術情報部医学情報サービスグループ),成田ナツキ(協会個人会員),渡辺由美(日本医科大学中央図書館),三谷三恵子(慶應義塾大学信濃町メディアセンター),川崎かおる(岩手医科大学附属図書館),藤沢靖子(杏林大学医学図書館),高橋洋一(同左),中島健雄(同左),天井ゆかり(同左),笹谷裕子(同左)〕が従事し,検索総責任を諏訪部直子(杏林大学医学図書館)が担当した。

 キーワード検索(網羅的検索)の対象期間は,CQが2013年版からの更新である場合は2012年9月~2014年9月まで,CQが本ガイドライン(2015年版)からの新規である場合は開始年月はCQごとに定め,終了年月は原則2014年9月までとした。検索者はキーワードを基にした検索式(文献の絞り込み過程を書いた式)を作り,網羅的な文献検索を行った。この結果ヒット文献数が依然多い場合は委員と検索者での検討のうえキーワードの変更,追加を適宜行い再度文献検索を行った。以上の検索に加えて2014年12月までを対象期間の区切りとしてハンドサーチにより重要文献を追加し,可能な限り漏れのない検索を心掛けた。検索データベースはPubMedを用いた。

ステップ3 文献の徹底的吟味と本文の作成

 委員は検索された文献の吟味を行い,それをもとにCQの【解説】を作成した。解説作成段階においては内容の妥当性を確認する目的で二次情報(国内・国外に既に存在するガイドラインや電子媒体情報)を積極的に活用した。検索された文献の中から最重要と判断された文献(原則10~20程度)を選定し,【参考文献】として各CQの最後に掲載した。なお,本文は以下の順番に記載が統一されている。

① CQ

② 推奨文+推奨グレード(またはエビデンスグレード)

③ 推奨グレードを決めるにあたって(またはエビデンスグレードを決めるにあたって)

④ 背景・目的

⑤ 解説

⑥ 検索式・参考にした二次資料

⑦ 参考文献

ステップ4 委員相互のレビューと最終版完成

 各委員の作成した委員試案を同一領域内の他の委員が論評者としてレビューし,これを領域メンバー全員で内容を吟味のうえ修正して小委員会の最終版とした。

 以上はメーリングリスト上での頻回な執筆内容の推敲,討議に加え,2~3回の小委員会開催により行った。用語のチェック,全体の一貫性チェックなどの最終作業は領域の各小委員会委員長が担当した。

4.エビデンスレベル

 取り上げた参考文献の内的・外的妥当性を検討する際,どのような研究手法で検討された結果であるかを系統的に評価するため,各参考文献にエビデンスレベル付けを行った。エビデンスレベルが高いとされる研究手法では,偶然やバイアスの可能性が低く真実を報告している傾向が高く,逆にレベルの低いエビデンスは偶然やバイアスの結果を報告している可能性が否定できず,信頼性が低い。エビデンスレベルの基準としてはオックスフォード大学EBMセンターのエビデンスレベル2011年版を採用した(http://www.cebm.net/wp—content/uploads/2014/06/12LPM0488_CEBM—LofE—2—1_%E5%92%8C%E 8%A8%B3.pdf)。以上はガイドライン作成に必須の作業過程として行っているため,最終形のガイドライン参考文献にはエビデンスレベルの明示はしていない。

5.推奨グレード,エビデンスグレード

 従来通りの推奨グレードを今回も踏襲した(表1)。各グレードの定義の表現は変更していないが,読み手によって特にBとC1,C1とC2についてはこれまで解釈が異なる場合があった。このため推奨グレード決定に際して委員間で各グレードの解釈を明確にした。すなわち,併存症を有するなど例外的なことがない限り現場で実施いただきたい場合はAまたはB(推奨の強さの程度によりA,Bに区分)とし,現時点では実施の可否を判断するだけのエビデンスが不十分なためガイドラインとしての立場はニュートラルで担当医に判断を委ねる場合はC1,例外的な事項がなければ現場での実施を勧めない場合はC2またはD(推奨しない強さの程度によりC2,Dに区分)とした。

 推奨グレードの判断は主要文献のエビデンスレベルおよび委員全員の合意に基づき決定した。推奨グレードB,Cについては各小委員会内ですべての委員がvotingを行いB,C1,C2を判断した。

 「疫学・予防」分野で推奨グレードがそぐわないCQについては,エビデンスグレードを使用した(表2)。エビデンスグレードの判定根拠はWorld Cancer Research Fund(WCRF,世界がん研究基金)/American Institute for Cancer Research(AICR,米国がん研究協会)から公表された「食物・栄養・身体活動とがん予防:国際的な視点から 第2版」(http://www.dietandcancerreport.org/)に準じた。

 また,推奨グレードに関して前版との継続性は重要であるため,変更するには新しいエビデンスが出たことなど,相応の理由があることを原則とした。しかし実地診療での経験の蓄積と時代の流れによるコンセンサスの変化も踏まえ,新しいエビデンスが出たわけではなくても推奨グレードを変更した項目もあるので注意されたい。その概略は各章の扉ページに掲載した。

6.保険承認,保険適応状況による記載の工夫

 保険承認,保険適応の状況により特に薬剤については表記を変えて記載している。

・ 乳癌に対して適応のある薬剤の薬剤名はすべて片仮名表記とし,一般名を用いた。例:タモキシフェン

・ 日本ではどの疾患に対しても使用が許可されていない薬剤については薬剤名を英名表記とし,その後に(未承認)と加えた。例:olaparib(未承認)

・ 日本では乳癌以外の他の疾患に対しては使用が許可されているものの乳癌には許可されていない薬剤については,薬剤名は片仮名表記とし,その後に(保険適応外)と加えた。例:ラロキシフェン(保険適応外)

7.2015年版の主な特徴

① これまで学会員以外の方はWEB上では本ガイドラインの一部のみしか閲覧できなかったが,2015年版からは誰もが書籍と完全に同一のものをWEB上で閲覧可能となった。また,書籍刊行とWEB上での公開を同時に行うこととした。

② 推奨グレードの判断が容易でないCQや委員間で判断が分かれたCQについては「推奨グレードを決めるにあたって」の項をつくり,判断の根拠をわかりやすく示すことにした。

③ ‌全分野で総論を設けた。総論では包括的な事項や,CQをまたいでの重要な事項について取り上げ,詳細を論じた。さらに2013年版で取り上げたCQのうち既に周知されているものや現場ではほとんど行われなくなっているものは歴史的事実として総論に吸収して記載した。

④ ‌推奨グレードの決定に際しては,効果の点にだけフォーカスを当てるのではなくハームを含めた種々の臨床的因子を加味して総合的に判断した。

⑤ 従来通り,文献検索を日本医学図書館協会に依頼し,専門家による網羅的文献検索を行った(「3.本ガイドライン(2015年版)の策定手順」参照)。

8.評 価

 2015年4月19日,診療ガイドライン評価委員会により評価を受けた。評価委員会より出された修正の提案をすべて原稿に反映させた後,最終案が了承された。2015年6月5日の理事会で出版が承認された。

9.利益相反

 日本乳癌学会は自己申告されたガイドライン作成委員の利益相反の状況を確認した。利益相反があるCQについて,該当する委員は委員長の判断によりその討議から外れることとした。本ガイドライン作成の資金はすべて日本乳癌学会によるものである。

10.改 訂

 診療ガイドライン委員会では,次回の改訂版出版を2017年に予定している。

11.おわりに

 ガイドラインはあくまでも指針であり,ルールではない。よって盲従するものではなく賢く利用,活用するべきものである。そして,それは患者利益の最大化を目的として利用されなければならない。

 わが国において乳癌は依然増加傾向にあり,多くの女性を苦しめている。臨床現場で本ガイドラインが活用されることによって,より的確な診療が広まり,その結果,少しでも多くの患者さんが救われることを期待したい。

 また,ガイドラインは現場から支持され使用されるものでなければ意味がない。使いやすく,かつ使って有益なガイドラインにしていくには現場からのご意見を的確に反映することが不可欠である。その意味ではむしろ出版されたこれからこそ新たな地道な努力が必要であると考えている。ご批判を諸姉,諸兄より賜りたい(当ガイドラインに関するご意見はWEB上で常時受け付けている)。

 最後に本ガイドライン作成に尽力くださった委員の先生方に深謝するとともに,診療ガイドライン評価委員会,日本乳癌学会理事各位,ならびに編集担当の金原出版佐々木瞳さん,宇野和代さんにこの場を借りて御礼申し上げたい。

●表1 推奨グレード

A

十分な科学的根拠があり,積極的に実践するよう推奨する

B

科学的根拠があり,実践するよう推奨する

C1

十分な科学的根拠はないが,細心の注意のもと行うことを考慮してもよい

C2

科学的根拠は十分とはいえず,実践することは基本的に勧められない

D

患者に不利益が及ぶ可能性があるという科学的根拠があるので,実施しないよう推奨する

●表2 エビデンスグレード

Convincing
(確実)

発癌リスクに関連することが、確実であると判断できる十分な根拠があり、予防行動を取ることが勧められる

Probable
(ほぼ確実)

発癌リスクに関連することが、ほぼ確実であると判断できる十分な根拠があり、予防行動を取ることが一般的に勧められる

Limited-suggestive
(可能性あり)

「確実」「ほぼ確実」とは判断できないが、発癌リスクとの関連性を示唆する根拠がある

Limited-no conclusion
(証拠不十分)

データが不十分であり、発癌リスクとの関連性について結論付けることができない

Substantial effect on risk unlikely
(大きな関連なし)

発癌リスクに対して実質的な影響はないと判断する十分な根拠がある

 

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