日本乳癌学会のWeb版「乳癌診療ガイドライン」

総論 (薬物療法・初期治療・ID10010)

  乳癌診療ガイドライン1治療編(002-004ページ)

 早期乳癌に対して周術期に行う薬物療法の目的は,画像的には捉えることができない,潜在的な微小転移を制御することにより,病気を治癒し生存期間を延長させることである。薬物療法には,内分泌療法,化学療法および抗HER2療法があり,いずれも無再発生存期間と全生存期間を改善する。治療効果予測因子の有無により,内分泌療法(ホルモン受容体の発現)および抗HER2療法(HER2蛋白の過剰発現もしくはHER2遺伝子増幅)の適応を検討する。化学療法は,腋窩リンパ節転移の有無や腫瘍径などの病理学的因子により再発リスクを推定し,もしくは多遺伝子アッセイの結果で,施行するかどうかを検討する。抗HER2療法は,化学療法を併用して行うことが標準である。術前に薬物療法を行うことにより,温存療法が可能となることが期待される場合には,その施行を検討する。サブタイプ分類(intrinsic subtype)による治療の個別化の試みが模索されているが,そもそも高い再現性をもって個別の腫瘍をサブタイプに分類する手法が確立されていないため,広く臨床応用できる状況ではないといえる。

(1)内分泌療法

 乳癌の内分泌療法は,Beatsonにより1896年に卵巣摘出術の有効性が報告されたことに始まる。1960年代にエストロゲン受容体が発見され,次いで1970年代にタモキシフェンが乳癌に有効であることがわかってから,内分泌療法としての手術療法は行われなくなり,薬物療法が治療の中心となった。また,内分泌療法の効果が期待できるのは,乳癌組織がホルモン受容体を発現する場合であることも判明した(薬物:効果予測因子総論参照)。
 閉経前女性では主に卵巣から女性ホルモンが供給され,閉経後女性では副腎から分泌された男性ホルモンが末梢組織等のアロマターゼにより女性ホルモンに変換され供給されるという違いがあるため,使用する薬剤は閉経状況によって異なる。閉経前乳癌の標準的な術後内分泌療法薬として,selective estrogen receptor modulator(SERM)に分類されるタモキシフェンと,卵巣機能を抑制するLH—RHアゴニスト(ゴセレリンまたはリュープロレリン)がある(薬物CQ 4参照)。閉経前乳癌に対する術後療法としてアロマターゼ阻害薬を用いることにより,タモキシフェンと比較して無再発生存期間を改善させるが,全生存期間を改善させるかどうかは明らかでない(薬物CQ 5参照)。閉経後乳癌の標準的な術後内分泌療法薬として,SERM(タモキシフェン,トレミフェン)とアロマターゼ阻害薬(アナストロゾール,レトロゾール,エキセメスタン)がある(薬物CQ 78参照)。
 術前内分泌療法の意義は,主に閉経後ホルモン受容体陽性乳癌で検討されている1)~3)。これらの臨床試験では,主に乳房温存率や腫瘍縮小効果が主たる評価項目であり,術前内分泌療法が長期的予後に及ぼす影響は明らかでない。

(2)化学療法

 1970年代に始められたミラノトライアルにより,乳癌の手術後にCMF(C:シクロホスファミド,M:メトトレキサート,F:フルオロウラシル)療法を行うことにより,再発が減少し生存期間が延長することが報告された。ほぼ同時期にNSABPで行われた臨床試験によっても,術後化学療法により再発が減少することが示唆された。その後行われた多数の臨床試験により,アンスラサイクリンを含む多剤併用療法がCMFより予後を改善し,アンスラサイクリンにタキサンを併用することでさらに予後が改善されることが示された(薬物CQ 11参照)。
 化学療法には薬剤ごとの確立された効果予測因子が存在しないため,その適応やレジメンの決定に際しては,効果と副作用のバランスをよく吟味する。ER陰性乳癌やHER2陽性乳癌では,腋窩リンパ節転移が陰性かつ極めて腫瘍径が小さいといった再発リスクが非常に低いもの以外は,化学療法を考慮する。ER陽性・HER2陰性乳癌では,主に病理学的因子から再発リスクを推測して化学療法を考慮するが,多遺伝子アッセイの利用も検討する(薬物CQ 37参照)。
 周術期に化学療法を行う際には,投与量の減少や投与間隔の延長が治療効果を低減させるおそれがあるため,適切な支持療法のもと標準的な用量を決められた間隔で投与することが重要である。種々のレジメンの用法・用量や標準的な支持療法が章末に記載されているので,参照されたい(薬物:付1~2参照)。
 術前化学療法は,主に手術不能局所進行乳癌および炎症性乳癌に対して行われてきたが,腫瘍サイズの大きさから乳房温存手術が困難である手術可能浸潤性乳癌に術前化学療法を行った場合に乳房温存率が向上するため,患者が乳房温存手術を希望する場合は,術前化学療法の相対的適応となる。術前化学療法を施行する前には必ず組織診を行い,浸潤性乳癌であることを病理学的に確認しなければならない(手術不能局所進行乳癌と炎症性乳癌の治療について薬物CQ 3132参照)。
 周術期薬物療法の本来の目的である再発抑制効果は,術前化学療法と術後化学療法で同等である4)5)ため,術前化学療法では術後化学療法で推奨されるレジメンと同じものを使用する。
 術前化学療法後に病理学的完全奏効(pathological complete response;pCR)を得た患者の予後は良好である6)(薬物CQ 2参照)。しかしながら,多くの臨床試験のメタアナリシスから,pCRは真のアウトカムである無再発生存期間や全生存期間の代用エンドポイントとならないことが示されたため,実臨床や臨床試験においてpCRを治療効果の指標として利用することには注意が必要である。

(3)抗HER2療法

 HER2陽性乳癌の術後療法として,リンパ節転移が陰性かつ腫瘍径が小さな腫瘍以外は,化学療法と併用のうえでトラスツズマブの投与を考慮する。現時点での至適投与期間は1年である。再発抑制効果は,ハザード比でおよそ30~50%の低減が見込まれる。主な毒性は心毒性であるが,適切な治療を行えば可逆的であることが多い(薬物:副作用対策総論参照)。トラスツズマブは,化学療法(主にタキサン)と同時に併用するほうが化学療法終了後に投与を開始するよりも再発抑制効果が高いことが示唆されている。新規治療薬の開発が複数進められており,また,抗HER2療法の術前治療における有用性も検討されている(薬物CQ 3参照)。

(4)サブタイプ分類(intrinsic subtype)と治療の個別化

 ザンクトガレンのコンセンサス会議で免疫染色によるサブタイプ分類が提唱されたため,これが一般的なサブタイプの分類法と受け取られているが,遺伝子発現プロファイルにより,乳癌を生物学的特性と予後の異なった5つのintrinsic subtype,すなわちluminal A,luminal B,HER2,basal—like,normal breast—likeに分類できることが提唱されたことがそもそもの始まりで7),免疫染色による分類はこれの代用である。個別化治療への応用が期待されてはいるが,実地医療で広く使用するには問題が多い。免疫染色を用いて分類する方法では,ER,PgR,HER2,Ki67により分類されるが,そもそもKi67の検査方法が標準化されていないため,個別の腫瘍を再現性よくサブタイプに分類することが不可能である。サブタイプ分類に使用できる遺伝子発現プロファイルは複数あるが,個別の腫瘍が分類されるサブタイプはbasal—likeを除いて遺伝子発現プロファイル間で必ずしも一致せず,あるプロファイリング法ではluminal Aに分類された腫瘍が,別のプロファイリング法ではluminal BやHER2に分類されるということがしばしば起こる8)。さらには,ある特定のプロファイリング法を使用したとしても,検査をする者によって個別の腫瘍が分類されるサブタイプが異なるという問題点も指摘されている9)。ホルモン受容体陽性乳癌のうち,化学療法の効果が低いものがluminal Aで効果が高いものをluminal Bとする考え方があるが,個別の腫瘍を再現性高くいずれかに分類する方法が存在しない以上,あくまで概念的なものでしかない。実臨床で使用する場合には,十分な注意が必要である乳癌診療ガイドライン②疫学・診断編2015年版,病理:総論2参照)。

参考文献

1) Ellis MJ, Coop A, Singh B, Mauriac L, Llombert—Cussac A, Jänicke F, et al. Letrozole is more effective neoadjuvant endocrine therapy than tamoxifen for ErbB—1— and/or ErbB—2—positive, estrogen receptor—positive primary breast cancer:evidence from a phase Ⅲ randomized trial. J Clin Oncol. 2001;19(18):3808—16.
→PubMed

2) Smith IE, Dowsett M, Ebbs SR, Dixon JM, Skene A, Blohmer JU, et al. IMPACT Trialists Group. Neoadjuvant treatment of postmenopausal breast cancer with anastrozole, tamoxifen, or both in combination:the Immediate Preoperative Anastrozole, Tamoxifen, or Combined with Tamoxifen(IMPACT)multicenter double—blind randomized trial. J Clin Oncol. 2005;23(22):5108—16.
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3) Cataliotti L, Buzdar AU, Noguchi S, Bines J, Takatsuka Y, Petrakova K, et al. Comparison of anastrozole versus tamoxifen as preoperative therapy in postmenopausal women with hormone receptor—positive breast cancer:the Pre—Operative “Arimidex” Compared to Tamoxifen(PROACT)trial. Cancer. 2006;106(10):2095—103.
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4) Wolmark N, Wang J, Mamounas E, Bryant J, Fisher B. Preoperative chemotherapy in patients with operable breast cancer:nine—year results from National Surgical Adjuvant Breast and Bowel Project B—18. J Natl Cancer Inst Monogr. 2001;(30):96—102.
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5) van der Hage JA, van de Velde CJ, Julien JP, Tubiana—Hulin M, Vandervelden C, Duchateau L. Preoperative chemotherapy in primary operable breast cancer:results from the European Organization for Research and Treatment of Cancer trial 10902. J Clin Oncol. 2001;19(22):4224—37.
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6) Bear HD, Anderson S, Smith RE, Geyer CE Jr, Mamounas EP, Fisher B, et al. Sequential preoperative or postoperative docetaxel added to preoperative doxorubicin plus cyclophosphamide for operable breast cancer:National Surgical Adjuvant Breast and Bowel Project Protocol B—27. J Clin Oncol. 2006;24(13):2019—27.
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7) Sorlie T, Tibshirani R, Parker J, Hastie T, Marron JS, Nobel A, et al. Repeated observation of breast tumor subtypes in independent gene expression data sets. Proc Natl Acad Sci U S A. 2003;100(14):8418—23.
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8) Weigelt B, Mackay A, A’hern R, Natrajan R, Tan DS, Dowsett M, et al. Breast cancer molecular profiling with single sample predictors:a retrospective analysis. Lancet Oncol. 2010;11(4):339—49.
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9) Mackay A, Weigelt B, Grigoriadis A, Kreike B, Natrajan R, A’Hern R, et al. Microarray—based class discovery for molecular classification of breast cancer:analysis of interobserver agreement. J Natl Cancer Inst. 2011;103(8):662—73.
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