日本乳癌学会のWeb版「乳癌診療ガイドライン」

総論 (薬物療法・転移・再発乳癌の治療・ID10180)

乳癌診療ガイドライン1治療編(064-068ページ)
(1)治療の目的

 転移・再発乳癌は,局所再発を除いて治癒が困難である。化学療法を行った後の10年生存率は5%程度であり,20年を超えて完全奏効(complete response;CR)を継続しているのは2~3%でしかない1)2)。そのため,治療の目的は必然的に延命と生活の質(QOL)の改善となる。しかしながら,治療法の進歩,特に1990年代以降の多数の新薬の登場により再発後の生存期間は徐々に延長してきた3)4)。また,再発までの期間が長い単発性の遠隔転移を有する患者など,ある特定の患者群では長期予後の可能性があることがわかってきた。

(2)治療選択を行うにあたって

 転移・再発乳癌は多様な背景をもつため,①患者の個別性,②これまで構築されたエビデンス,③患者の希望,の3つを,治療選択において常に考える。

 患者の個別性には,腫瘍の生物学的特性(ER,PgR,HER2など),転移巣の場所(臓器)とその広がり,再発までの期間,術後薬物療法としてどの薬剤を使用したか,現時点での症状の有無,などである。

 エビデンスに基づいて治療選択を行う重要性はいうに及ばない。しかし,転移・再発乳癌の臨床試験は多様な背景をもつ患者集団を対象とするため,データの解釈は単純ではない。したがって,エビデンスを目の前の患者に適用する際には慎重な考察が必要である。

 患者の希望に沿った治療を行うのは転移・再発乳癌に限ったことではないが,治癒が困難ということを考慮すると,術後治療選択の際よりも,そのウエートは重くならざるを得ない。ただ,患者の希望に従い何でも許容するという姿勢にはならないように注意したい。

 転移・再発乳癌の治療の際には,患者の個別性を把握し,標準治療を理解し,患者の希望を踏まえつつ最善の治療を選択することが求められる。治癒は困難であるものの,治療の手立てがない病態では決してないことを十分に説明して,希望を損なわない配慮が必要である。

(3)全生存期間(overall survival;OS)と無増悪生存期間(progression free survival;PFS),奏効率(response rate;RR)の解釈

 転移・再発乳癌に対する治療の目的は生存期間の延長ならびに高いQOLの維持であり,これらをそのまま評価するとなれば,臨床試験における適切な指標はOSならびにQOLとなる。しかしながら,現在はOSの代用エンドポイントとしてPFSや奏効率が汎用されている。OSの測定は明確であるものの,評価を下すまでに時間がかかること,次治療以降の影響を受けるため新規薬剤による効果が過小評価されるおそれがあること,などが理由である。一方,PFSや奏効率には評価におけるさまざまなバイアス(画像評価の時期設定,観察者の判断など)が入る。そもそも,転移・再発乳癌においてはOSとPFS,奏効率は必ずしも相関しておらず(長いPFS,高い奏効率が長いOSに結び付くわけではない)5),「ある薬剤によりPFSが延長したこと,高い奏効率が得られたこと」は「その薬剤が乳癌に生物学的活性を示した」ことを確かに意味するものの,その薬剤が臨床的に意味ある効用を患者にもたらすかどうかは不明であることに留意しなければならない。

 「その薬剤が臨床的に意味ある効用を患者にもたらす」ことを示すには,真のアウトカムであるOSの延長やQOLの改善以外に,既存の薬剤と比較してOSやPFSは同等でも副作用がより少ないこと,疼痛など不快な症状を減少させること,マネージメントが容易なこと(その結果,医療事故のリスクが少なくなること),などもその指標として挙げられる。また,通院回数が少なくて済むこと,薬剤費が安いことも重要な便益として考慮に入れてよい。

 よって転移・再発乳癌における臨床試験において「新規治療が既存の治療に比べてPFSでは有意差があるものの,OSでは有意差がない」という結果が得られた場合,上記を踏まえての慎重な解釈が求められる。

(4)QOLとは

 治療による多少の延命よりも患者自身が感じる生活の質すなわちQOLの向上が重要であるとの考えから,癌患者におけるQOL評価の重要性が認識されるようになった。QOLとはそもそも人の主観的な事柄であり医療者など第三者による評価が難しい概念である。よってその評価は医療者が行うのではなく患者自身から信頼性・妥当性の高い情報を集めて実施される。最も汎用されているデータ収集方法は,自己記入式の質問紙法である。代表的ながん特異的尺度にEORTC QLQ(European Organization for Research and Treatment of Cancer Quality of Life Questionnaire),FACT(Functional Assessment of Cancer Therapy)があり,日本独自の文化や習慣に合致するように開発された尺度としてはQOL—ACD(Quality of Life Questionnaire for Cancer Patients Targeted with Anticancer Drugs)がある。

 これらの尺度はいずれも計量心理学あるいは古典的テスト理論と呼ばれる学問体系に裏打ちされた科学的手順に則って開発されたものであり,よくあるアンケート調査とは意味合いがまったく異なる。

 QOLを構成する最も基本的な構成要素は「身体面」「心理面」「社会面」「機能面」とされる。例えば「身体面」は身体の痛みはないか,副作用はないか,などで測るため比較的医療者でも評価しやすいと考えられる一方で,「心理面」は患者自身でないと評価しづらい。このようにQOLは多面性をもつ概念ゆえ,目的に応じて測定すべき対象あるいは要素を限定することが必要条件となる。

(5)治療の原則

 転移・再発乳癌には全身治療すなわち薬物療法が原則として必要である。治療を開始する前には,治療効果予測因子であるホルモン受容体(ER,PgR,HER2)の評価を行う。可能であれば転移病巣から組織を採取して評価することが望ましいが,不可能である場合でも原発腫瘍では必ず行うべきである。薬物療法を選択する際には,種々の予後予測因子,効果予測因子を検討して,Hortobagyiが提唱した転移・再発乳癌治療のアルゴリズム6)やNCCNのガイドラインが一般的に用いられている。すなわち,ホルモン感受性があり,かつ軟部組織や骨転移,あるいは内臓転移であっても,差し迫った生命の危険(例えば,広範な肝転移や肺転移,癌性リンパ管症など)がない場合,再発までの期間が長い症例などは,内分泌療法から開始する。一次内分泌療法が奏効した場合は,無効になるまで治療を継続する。同様に二次,三次内分泌療法を行う(薬物CQ 1718参照)。内分泌療法がまったく奏効しなかった場合,あるいは内分泌療法が効かなくなった場合は化学療法に移行する。ホルモン感受性がない場合,あるいは感受性があっても,差し迫った生命の危機がある内臓転移の場合,再発までの期間が短い場合などは化学療法を一次治療から順に行う(薬物CQ 19参照)。この際に使用する具体的な薬剤名は各論を参照されたい。ただ,このアルゴリズムはトラスツズマブ出現以前のものであることに,注意が必要である。

 造血幹細胞移植や自己骨髄移植を併用して骨髄毒性の軽減を図り,化学療法薬の1回投与量を可能な限り増量する大量化学療法がかつて臨床試験として行われた。多くの試験において,奏効率は高くなるものの,治療関連死や重篤な有害事象は大量化学療法群に多く,いくつかの試験でPFSの改善はみられたが,OSの延長は示されなかった。したがって,大量化学療法は臨床試験においてのみ行われる治療法であり,日常臨床では実施すべきではない。

(6)単剤療法と併用療法

 1998年のメタアナリシスによれば,併用療法は単剤療法に比し,ハザード比で18%の死亡の減少を認めたが,これを生存率でみれば,1年で9%,2年で5%,5年で3%の向上となる7)。2005年のコクランライブラリーのシステマティック・レビューでは,37の臨床試験のメタアナリシスが行われ,併用療法の生存率の改善はハザード比で12%であり,一次治療に併用療法を用いたときのみ,22%の改善を認めた。しかし,白血球減少,悪心・嘔吐の有害事象は併用療法で強かった8)。ただし,両方のメタアナリシスともに対象のほとんどが,タキサン系薬剤が登場する以前の臨床試験である。

 これまでの報告をレビューすると,化学療法の同時併用は単剤投与よりも奏効率は高いものの毒性が増加し,臨床的に有意な生存期間の延長は認められないため9)10)転移・再発乳癌の治療,特に二次治療や三次治療では単剤順次投与が勧められる。しかし,急速に進行し生命に危険を及ぼす内臓転移例では,奏効率の高い同時併用を選択する余地はある。内分泌療法と化学療法を同時併用することは勧められず,順次投与が望ましい。

(7)化学療法が奏効している場合に治療を継続すべきか

 転移・再発乳癌の治療において,アンスラサイクリンを含む治療やCMFでは,有害事象が軽度の場合は6カ月を超える治療の継続が勧められる11)。ただし,アンスラサイクリンの総投与量は心毒性の発現する危険性が低い範囲(ドキソルビシンで450~500 mg/m2まで,エピルビシンで800~900 mg/m2まで)にとどめるべきである。有害事象が強い場合や患者の希望がある場合はいったん治療を休止し,無治療で観察し増悪傾向を認めた場合に再度同じ化学療法を実施する方法も妥当である。有害事象の少ない他の治療の適応がある場合は,その治療への変更を考慮してもよい。臨床医は患者の有害事象の訴えとQOLを考慮して治療の継続の可否を判断することが必要である。これまでのところ,タキサンについては6~8コースを超える治療継続の有用性は明らかでない。

(8)新薬開発の現状

 ①血管新生阻害薬
 VEGFは血管新生を促し,癌の成長や転移する過程で重要な役割を果たしている。VEGF—Aを標的とするヒト化モノクローナル抗体であるベバシズマブ(薬物CQ 22参照)が保険適応となっている。ほかにスニチニブ(保険適応外),ソラフェニブ(保険適応外)などの血管新生阻害薬もあるが,いずれも臨床試験の結果,有効性を示せなかった。

②PARP阻害薬
 PARPは,DNA一本鎖切断の修復を促進する機能を有するため,PARP阻害により一本鎖切断から二本鎖切断が生じることになる。DNA二本鎖切断修復酵素BRCA1もしくはBRCA2が不活化されている癌細胞ではPARP活性を阻害することによりゲノムが不安定化し最終的に細胞死が引き起こされる。この現象を合成致死(synthetic lethality)と呼ぶ。経口PARP阻害薬olaparib(未承認)は,BRCA1/2の変異陽性転移乳癌(n=54)に対する第Ⅰ/Ⅱ相比較試験において奏効率41%で,有害事象は比較的軽度であったが,トリプルネガティブ乳癌26例を対象にした第Ⅱ相試験では奏効例を認めなかった。Iniparib(未承認)は当初PARP阻害薬として開発されたが,体内生理的濃度ではPARP1阻害作用は認められなかったため,現在はPARP阻害薬とはみなされていない。また,転移乳癌における有用性も確認されなかった。

③HERファミリー阻害薬
 近年の新規抗HER2分子標的薬の開発は目覚ましく,ペルツズマブやトラスツズマブエムタンシン(T—DM1)は第Ⅲ相試験により,高い有効性が証明され,承認された。Neratinib(未承認)は低分子チロシンキナーゼ阻害薬で,HER1,2,4を不可逆性に阻害する。術後療法としてトラスツズマブ終了後にneratinibを投与することで予後が改善された。

④mTOR阻害薬
 mTORは細胞増殖に関与するPI3K/Aktシグナル経路の下流に位置し,mTORの活性化は内分泌療法,抗HER2療法の耐性機序の一つと考えられている。mTOR阻害薬としてエベロリムスがあり,内分泌療法との併用でER陽性乳癌に有効性を示す(薬物CQ 18参照)。また,HER2陽性乳癌に対してはトラスツズマブ+化学療法とエベロリムスの併用効果を検証する第Ⅲ相,BOLERO—1やBOLERO—3が行われている。

⑤CDK4/6阻害薬
 サイクリンDキナーゼであるCDK4,6はサイクリンDと結合し,細胞周期をG1期からS期へ進める。G1期/S期のチェックポイント調節機構の異常が乳癌細胞ではしばしば認められるため,よい治療標的となり得る。ER陽性HER2陰性進行乳癌に対して,選択的経口CDK4/6阻害薬であるpalbociclib(PD0332991)+レトロゾール併用群とレトロゾール単独群のランダム化第Ⅱ相比較試験の結果,PFSの有意な改善が報告され,現在第Ⅲ相試験が進行中である。

参考文献

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