日本乳癌学会のWeb版「乳癌診療ガイドライン」

妊娠期乳癌に対して薬物療法は勧められるか (薬物療法・特殊病態・ID10310)

CQ29 乳癌診療ガイドライン1治療編(122-125ページ)
推奨グレード D 妊娠前期(~4カ月)での化学療法は行うべきではない。
C1 妊娠中期(5~7カ月)・後期(8~10カ月)でのアンスラサイクリンをベースとした化学療法は,長期の安全性が確立されているとはいえないものの,必要と判断される場合には検討してもよい。
D 内分泌療法は行うべきではない。
D 抗HER2療法は行うべきではない。

 推奨グレードを決めるにあたって

 器官形成期に該当する妊娠前期での薬物療法の投与は自然流産,胎児死亡および先天異常のリスクが高く,化学療法の使用は禁忌であるため,グレードDとした。妊娠中期以降の化学療法では短期的な胎児への先天異常などの影響は少なく,母体の有害事象を増加しない。しかしながら長期的な児への影響の確認は十分でなく,化学療法の必要性が高い場合は妊娠中期以降の使用を,グレードC1とした。

 内分泌療法や抗HER2療法は通常に比べ先天奇形や流産などの頻度が高く,これらの使用は行うべきでないため,グレードDとした。

背景・目的

 妊娠期乳癌は比較的稀ではあるが,その頻度は出産年齢の高齢化により増加傾向にある。妊娠期乳癌の予後については議論のあるところであるが,最近の報告では,妊娠期乳癌の予後は非妊娠期乳癌と比較しほぼ同等である1)2)(乳癌診療ガイドライン②疫学・診断編2015年版,疫学CQ 43参照)。本項では妊娠期乳癌に対して薬物療法を行うことが母体・胎児に対してどのような影響を及ぼすかを文献的に考察した。

解 説

(1)化学療法

 化学療法が施行されたときの自然流産,胎児の死亡および先天異常のリスクは,器官形成期である妊娠前期(first trimester,~4カ月)において特に高いことが複数のレビューにより報告されており3)~5),この時期の化学療法は行うべきではないとされている。しかし,白血病や悪性リンパ腫などの悪性血液疾患の患者で妊娠前期に化学療法を受けた患者とその子供を長期間調査したメキシコからの報告では,低体重出生は多かったものの,先天異常や成長障害は認めなかったという報告もある6)

 主要器官の形成期後の妊娠中期(second trimester,5~7カ月)および後期(third trimester,8~10カ月)の乳癌患者に化学療法を施行した場合,先天異常の頻度は低く,胎児への影響は比較的少ないことが報告されている3)7)8)。レビューによると,この時期に化学療法を施行した場合の先天異常の割合は1.3%(妊娠前期は17%4))であった3)。しかしながら,妊娠中期・後期での化学療法施行により,胎児発育不良や早産の割合が増加し,出産後の器官未成熟による合併症の増加も報告されている9)10)

①アンスラサイクリン

 現在,妊娠期乳癌に対して最も頻用されているレジメンは,ACまたはFAC療法である7)10)11)。単アーム前向き臨床試験(n=57)7)11)の結果によると,FAC療法を妊娠中期・後期に施行することにより先天異常などの胎児への短期的な有害事象は増加しなかった。エピルビシンを投与した患者で胎児の死亡が報告9)されていることから,妊娠期乳癌においてはドキソルビシンがエピルビシンより好ましいと考えられる10)

②微小管阻害薬(タキサン,ビノレルビン)

 妊娠期女性40人(うち乳癌は27例)へのタキサン投与(パクリタキセル21人,ドセタキセル16人,両者3人)のレビュー12)では,妊婦および胎児の有害事象は忍容性があった。ただし,アンスラサイクリンに比較し妊娠期乳癌での使用例が少なく,児に対する長期の安全性の報告も乏しい。現時点ではタキサンの使用は控えたほうがよい。

 ビノレルビンに関しても,低出産体重児の報告があるが,長期の安全性が確認されていないため投与は行うべきではない12)

③メトトレキサート

 妊娠期乳癌へのメトトレキサートの投与は,流産や奇形のリスクを高めるだけでなく,その成分は羊水にとどまりやすいため,避けるべきである4)5)

 胎児が子宮内で化学療法薬に曝露されたことによる影響を観察した報告は数少ないが,胎児期に子宮内で化学療法薬に曝露された84人の子供を長期間観察した報告(観察期間中央値18.7年)13)によると,発育障害や知能障害などの異常は認めなかった。しかしながら,子宮内での化学療法薬の曝露による晩期障害,例えば,アンスラサイクリンによる胎児の心筋障害の可能性や,シクロホスファミドなどの化学療法薬による胎児の生殖機能への影響を解明するには,さらに長期間の観察が必要である。

(2)内分泌療法

 胎児への内分泌療法の影響は,化学療法と同様に妊娠前期では催奇形性が問題となり,妊娠中期以降では胎児の機能的発育への影響,分娩時における胎児の適応障害などが考えられている。また,エストロゲンには子宮筋でのプロスタサイクリン合成を促進し,子宮筋を弛緩させ,妊娠を維持する方向に作用しており,内分泌療法によるエストロゲン作用の抑制は妊娠継続に影響を与える可能性がある。妊娠期におけるタモキシフェン使用例のレビュー14)では,出生した138人中16人(11.6%)で先天奇形を認めた。このうち奇形のなかった122人中85人は予防投与の臨床試験参加者の児であった。また,AstraZeneca Safety Databaseの139胎児の検討では,44胎児が出生し,38胎児が妊娠中絶(23胎児)や自然流産(12胎児)や死産(3胎児)し,57胎児の経過は不明であった。この出生した44人中11人(25%)に先天奇形を認めた。一般的な妊娠,出産に比べ先天奇形や流産の頻度が高く,妊娠期のタモキシフェンの使用は勧められない。LH—RHアゴニストやアロマターゼ阻害薬も動物実験で流産,分娩障害,胎児内死亡増加,催奇形性等が報告されており,基本的にその使用は禁忌である。

(3)抗HER2療法

 妊娠期乳癌にトラスツズマブを使用した17報告(妊婦18人,新生児19人)のシステマティック・レビュー15)では,妊娠中期以降にトラスツズマブを投与された73.3%に肺形成不全,筋骨格筋異常や胎児死亡の原因となる羊水過少症が認められた。出生時に異常を認めなかった10人はその後の発育は健常であった(観察期間中央値9カ月)。出生時に異常を認めた9人中4人は出生後死亡した(観察期間 出生~5.25カ月)。さらに,胎児組織ではHER2の発現を認め,HER2が胎児の発育に何らかの役割を担っていることが示唆されるため,トラスツズマブの妊婦への投与は避けるべきである。他の抗HER2療法の妊婦への安全性についての報告は十分でなく,妊娠期乳癌への抗HER2療法の使用を避けるべきである。

(4)その他
①制吐薬

 制吐薬としての5—HT3受容体拮抗型制吐薬,NK1受容体拮抗型制吐薬やデキサメタゾン,granulocyte—colony stimulating factor(G—CSF)製剤は,しばしば妊娠期乳癌に使用されてきた7)16)17)。いずれも重篤な有害事象の報告はなく,妊娠中期・後期での使用は問題ないとされているが,長期の安全性が確認されておらず,特に長期のデキサメタゾンの使用は,母胎や胎児への悪影響も考えられるため可能ならば避けることが望ましい。

②ビスフォスフォネート

 ビスフォスフォネートに関しては,妊娠中期・後期に投与し安全であったとする症例報告18)があるが,動物実験では,胎児発育不全,子宮内胎児死亡,低カルシウム血症,骨格発育遅滞などが報告19)されており,胎児の発育に問題が生じる可能性がある。また,出生後に副甲状腺機能低下症から低カルシウム血症をきたすことも報告されており,現時点での安全性は確保されておらず,妊娠期でのビスフォスフォネートの使用は勧められない。

 現時点でのデータは非常に限られており,結論を導くことは困難であるが,以上の結果から,妊娠前期での化学療法は避けるべきであると考える。妊娠中期・後期での化学療法の長期的な安全性もまだ確立されているとはいえないが,必要と判断される場合には,産科医,小児科医との連携を取りながら,化学療法を行うことが推奨される。

 一方,内分泌療法や抗HER2療法は,妊娠期での投与は勧められない。

 検索式・参考にした二次資料

 PubMedにて,Pregnancy,Mothers,maternal,Lactation,Breast Feeding,gestational,Drug Therapy,Breast Neoplasmsのキーワードを用いて検索した。さらにUpToDate 2014 Topic 1580 Version 20.0の“Gestational breast cancer:Treatment”の項で引用されている論文とPubMed(chemotherapy AND pregnancy)より検索した論文を二次資料とした。

参考文献

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