日本乳癌学会のWeb版「乳癌診療ガイドライン」

乳房手術後放射線療法が勧められない状態は何か (放射線療法・乳房手術後放射線療法―その他・ID31040)

CQ12 乳癌診療ガイドライン1治療編(346-348ページ)
推奨グレード D 妊娠中,または患側乳房,胸壁への放射線療法の既往がある患者には実施しないよう推奨する。
C2 背臥位にて患側上肢を挙上できない患者や,膠原病のうち活動性の強皮症や全身性エリテマトーデス(SLE)を合併している患者,Li Fraumeni症候群などの放射線療法による二次性悪性腫瘍のリスクが極めて高い遺伝性疾患の患者などには基本的に勧められない。

推奨グレードを決めるにあたって

 エビデンスレベルの高い報告はないが,症例対照研究,ケース・シリーズなどの報告を考慮して決定した。

背景・目的

 乳房温存療法がその治療成績において乳房切除術と同等であることは知られているが,これは乳房温存手術後に放射線療法を加えることにより達成される。そのため放射線療法を施行しない場合には乳房切除術と同等の成績は得られない。そこで適切なインフォームドコンセントを得るためには放射線療法に適していない条件を明らかにする必要がある。また,乳房切除術後においても放射線療法が必要とされる場合があるが,乳房切除術後放射線療法が適さない条件に関しても検討した。問題の性質上,比較試験は存在しないので症例対照研究,ケース・シリーズおよび症例報告を中心に評価した。なお,遺伝性疾患のうちBRCA1/2遺伝子変異については,放射線療法CQ 13にて記載している。

解 説

 胚/胎児は放射線感受性が高いことが知られているが,その感受性は妊娠の時期によって大きく異なっている。妊娠中はいかに遮蔽をしても胎児が成長すれば乳房照射野に近くなり,胎児の被曝量も増加する。例えば6 MV X線を用いた50 Gyの乳房接線照射のファントム(人体模型)実験における妊娠時の胚/胎児被曝は,初期(0.021~0.076 Gy),中期(0.022~0.246 Gy),後期(0.022~0.586 Gy)であったとの報告がある1)。妊娠後期の胎児被曝は出生後の胎児に発癌を誘発する可能性があり,動物実験では0.1 Gy前後における閾値の存在の可能性も指摘されており,できるだけ被曝は避けなければならない2)。しかし,妊娠後期には乳房手術や化学療法が可能な場合もあり3),その場合は出産後まで乳房照射を延期すべきである。妊娠中の胎児被曝は精神発達にも障害をきたし,影響を受けやすい妊娠8~25週の時期に0.1 Gyを超える被曝をするとIQ低下がみられることがあり,1 Gyでは重篤な精神発達障害が生じるリスクは40%にもなる4)。また,3~8週の臓器形成期では0.1~0.2 Gyでも奇形が起こり得る3)ので,妊娠中の照射は禁忌である。放射線治療前に妊娠の可能性の有無について確認することが前提であるが,万が一妊娠初期に気づかずに放射線療法を施行してしまっても,判明した時点で,それ以降を中止あるいは出産後まで延期すれば,胎児被曝が0.1 Gyを超える可能性は低い。医学物理士などの放射線物理の専門家による詳細な胎児の被曝線量評価を行い,患者に胎児が受けた線量とそれにより生じる可能性のある影響について十分な情報を与えたうえで妊娠の継続を判断するべきであり,安易に妊娠中絶を勧めるべきではない。

 また,過去に今回の治療対象である患側乳房や胸壁に対する放射線療法の既往がある場合は,同部位への再照射は危険である。なぜなら正常細胞には一定の限度を超えると不可逆的変化をきたす耐容線量があり,一連の照射ではその限度近くまで照射されていることが多いからである。

 照射時に患側上肢を外転,挙上した背臥位で照射することが多く,その姿勢を保持できない患者は精度の高い再現性と十分な照射野を確保できず,乳房ならびに胸壁への放射線照射は困難である。

 また,膠原病患者に対する放射線療法では,ときに強い反応を起こすことが報告されている。膠原病患者における放射線療法のリスクについては,これまで4つの症例対照研究5)~8)と,ケース・シリーズであるが患者数が多いマサチューセッツ総合病院の報告がある9)。エール大学の症例対照研究6)は乳房温存療法のみを対象としているが5),ほかは癌腫を制限していない。これらの症例対照研究では急性期においては両群に差がないが,晩期についてはエール大学5)とミシガン大学からの報告6)だけに膠原病合併群において有意な有害事象の増加を認めた。前者では膠原病の種類ごとに分けて検討すると強皮症に限られていたが,後者では全身性エリテマトーデス(SLE)においても晩期のみならず急性期も反応が強くみられたという。この報告では照射部位別に検討すると膠原病を有する乳癌患者では急性期の反応が強かったとしている6)。一方,マサチューセッツ総合病院の大規模後ろ向き研究では131人の関節リウマチでは有害事象が増えなかったとしている9)。しかし,強皮症とSLEでは晩期有害事象を有意に増加させた。発症と照射時期の検討では,照射前に膠原病を合併していた4例中3例に湿性落屑,胸壁壊死ならびに骨壊死がみられたが,照射後に膠原病を併発した5例では照射による強い反応はみられなかったとの報告がある10)。一方,合併症の発生は膠原病の発症と照射時期には関係しないとする報告もある9)。40 Gy未満の姑息的照射では問題となる反応がみられなかった8)とする研究もあるが,線量とは関係なかったとする報告9)もあり,膠原病における有害事象と線量との関係も結論は出ていない。このように患者数が少なく,強いエビデンスとはなりにくいが,かつて予想されたほど危険ではないにしても,急性期および晩期有害事象が強く出る可能性がある6)ので,活動性の強皮症やSLEを合併した患者における乳房照射および胸壁照射は避けたほうがよいと思われる。関節リウマチでは有害事象の増加はないと考えられるが,膠原病は一般的に肺疾患を合併することが多いため,肺の有害事象には十分に注意して治療すべきである11)

 また,Li Fraumeni症候群はTP53遺伝子の病的変異を原因とする遺伝性疾患であり,肉腫や副腎皮質癌のほか,閉経前乳癌を発症するリスクが高いことが知られている。TP53遺伝子変異がある場合,放射線による二次発がんのリスクが極めて高いことが報告されており12)13),可能な限り放射線療法を回避するべきと考えられる。よって,二次がんのリスク低減のためにも,乳房温存療法ではなく乳房切除術が推奨されるが,乳房切除後においても放射線療法が必要となる場合があり,治療効果向上のために放射線療法が必要と判断される場合には,リスクベネフィットバランスについて患者と十分話し合ったうえで治療方針を決定する必要がある。

検索式・参考にした二次資料

 「乳癌診療ガイドライン①治療編2013年版」の参考文献に加え,PubMedにて,Breast Neoplasm/radiotherapy,Radiotherapy/adverse effects,Radiotherapy/contraindications,Radiation Dosage,Gestational Age,Pregnancy Complications,Birth Weight,Fetal Weight,Infant,Low Birth Weight,Fetus,Prognosis,Risk Factors,Radiotherapy/adverse effects,Radiotherapy/contraindications,Radiation Injuries,Collagen Diseases,Vascular Diseases,Scleroderma,Systemic,Sclerosis,Arthritis,Rheumatoid,Dermatomyositis,Lupus Erythematosus,Systemic,Myositis,Li Fraumeni のキーワードを用いて検索し,一部をハンドサーチで追加した。

参考文献

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