日本乳癌学会のWeb版「乳癌診療ガイドライン」

喫煙(受動喫煙含む)は乳癌発症リスクを増加させるか (疫学.予防・リスク―生活習慣と環境因子・ID41140)

CQ2 乳癌診療ガイドライン2 疫学・診断編(014-016ページ)
エビデンスグレード Probable(ほぼ確実) 喫煙により乳癌発症リスクが増加することはほぼ確実である。
Limited-suggestive(可能性あり) 受動喫煙により乳癌発症リスクが増加する可能性がある。

背景・目的

 喫煙は最も一般的で,かつ確実に健康障害を引き起こす嗜好品であり,さまざまな癌のリスク因子になることが明らかになっている。肺癌では古くから喫煙がリスク因子になることが疫学的に証明されてきたが,乳癌のリスク因子になるかどうかの論争は続いている。

解 説

(1)喫 煙

 国際的な因果関係評価として,国際がん研究機関(IARC)のヒトの癌に対する発癌性評価に関する2004年の報告書では,乳癌について「喫煙による発癌性を示唆する証拠はない」と判定されていた(二次資料①)。これは,主に2002年に発表された53件の疫学研究のメタアナリシスにおいて,非喫煙者に対する喫煙者の相対リスクが1.03(95%CI:0.98—1.07)と関連が認めなられなかったことによる1)

 その後,2009年には,喫煙と乳癌の関連に関するこれまでのエビデンスに基づき,専門委員会による再評価が行われ,オンタリオタバコ研究部門の報告書として出版された(二次資料②)。この報告書では,喫煙期間あるいはpack—years〔(1日の喫煙本数×喫煙年数)/20〕との関連を検討した11件のコホート研究を重視し,うち8件でリスク増加を観察していること,さらにタバコ中の発癌物質である芳香族アミンの代謝に関与するN—Acetyltransferese 2遺伝子の多型との交互作用を検討したメタアナリシスにおいて,rapid acetylatorsでは関連がみられず,slow acetylatorsに限ってリスク上昇がみられるという遺伝環境交互作用が示された点2)を考慮して,喫煙と乳癌の間には因果関係ありと結論している。また2012年のIARCの発癌性評価においても,「発癌性を示唆する証拠はない」から「限定的な証拠あり」に格上げされた(二次資料③)。最近のエビデンスとして,約32万人の女性を対象にした欧州の大規模コホート研究(9,822症例に基づく解析)では,非喫煙者に対する喫煙者の相対リスクが1.06(95%CI:1.01—1.10)であった3)。特に現喫煙者においては,喫煙期間が30年以上の群の相対リスクが1.09(95%CI:1.02—1.17),生涯のpack—yearsが20以上の群の相対リスクが1.11(95%CI:1.02—1.22)と有意に高く,特に曝露期間および曝露量が多い群でのリスク増加が顕著であった。

 一方,日本人を対象としたエビデンスに基づく評価として,厚生労働省研究班が実施した日本人を対象とする疫学研究のレビューが,2006年6月に報告された4)。本研究では,MEDLINEを用いた文献検索により,1996~2005年に出版されたコホート研究3件と症例対照研究8件を選択した。その結果,3件のコホート研究のうち1件で,非喫煙者に対し喫煙者で1.7倍の発症リスク増加を認めたが,他の2件では関連を認めなかった。また,8件の症例対照研究のうち4件で喫煙による発症リスク増加を認めたが,他の4件ではリスク増加を認めなかった。これらの結果に基づき,本研究は,日本人女性では喫煙により乳癌発症リスクが増加する可能性があると結論している。なお,本研究の詳細は,研究班のウェブサイトで参照できる(http://epi.ncc.go.jp/can_prev/evaluation/787.html)。

 6件のコホート研究のプール解析に基づき,前述のN—Acetyltransferese 2遺伝子の多型と喫煙の間の交互作用を否定する結果が,2011年に発表され,交互作用の解釈については注意が必要であることが再認識された5)。しかし,本項においてはオンタリオタバコ研究部門およびIARCの報告書の発表後もこれを否定する報告がないことから,喫煙により乳癌発症リスクが増加することはほぼ確実であるとした。

(2)受動喫煙

 受動喫煙について,前述の2004年のIARCの報告書において発癌性がありと評価されたのは肺癌のみであった(二次資料①)。しかし,2007年には米国カリフォルニアの環境保護庁が,2005年初期までにMEDLINEに公表された19件(うち閉経前を対象としたものが14件)の論文をもとに,受動喫煙と乳癌についてメタアナリシスを行った。その結果,閉経前の非喫煙女性における受動喫煙なしに対するありの相対リスクが1.68(95%CI:1.31—2.15)であり,これに基づき閉経前女性の乳癌と受動喫煙の間に因果関係ありと結論している6)。また,2008年までの公表論文25件(コホート研究8件,症例対照研究17件)に基づくメタアナリシスでは,受動喫煙なしに対するありの相対リスクが,コホート研究では0.99(95%CI:0.93—1.05),症例対照研究では1.21(95%CI:1.11—1.32)であった。研究デザインによって結果が異なる点について,著者らは,症例対照研究における思い出しバイアスが結果に影響している点は否定できないとしている7)。このような状況を受け,2012年のIARCの報告書では,十分なエビデンスはないと評価されている(二次資料③)。さらに最近では,約18万人の女性を対象にした欧州の大規模コホート研究(6,264症例に基づく解析)では,非喫煙女性における受動喫煙なしに対するありの相対リスクが1.10(95%CI:1.01—1.20)と有意なリスク増加が認められている3)

 このように受動喫煙に関しては,必ずしもエビデンスの評価は一致していない。2012年のIARCの報告書のような慎重な評価もあるが,本項では,米国カリフォルニアの環境保護庁の報告では閉経前女性について因果関係ありと結論している点を考慮し,受動喫煙により乳癌発症リスクが増加する可能性があると判断した。

検索式

 検索はPubMedにて,Breast Neoplasms,Tobacco Smoke Pollution,Smoking,Riskのキーワードを用いて行った。検索期間は2012年9月~2014年9月とした。

参考にした二次資料

① ‌International Agency for Research on Cancer. IARC Working Group on the Evaluation of Carcinogenic Risks to Humans. Tobacco smoke and involuntary smoking. IARC Monogr Eval Carcinog Risks Hum.2004;83:1—1438.

② ‌Collishaw NE(Chair), Boyd NF, Cantor KP, Hammond SK, Johnson KC, Millar J, et al. Canadian Expert Panel on Tobacco Smoke and Breast Cancer Risk. Toronto, Canada:Ontario Tobacco Research Unit, OTRU Special Report Series, April 2009.

③ ‌IARC Monographs on the Evaluation of Carcinogenic Risks to Humans. Volume 100E:Personal habits and indoor combustions. IARC Lyon 2012.

参考文献

1) Hamajima N, Hirose K, Tajima K, Rohan T, Calle EE, Heath CW Jr, et al;Collaborative Group on Hormonal Factors in Breast Cancer. Alcohol, tobacco and breast cancer—collaborative reanalysis of individual data from 53 epidemiological studies, including 58, 515 women with breast cancer and 95,067 women without the disease. Br J Cancer. 2002;87(11):1234—45.
→PubMed

2) Ambrosone CB, Kropp S, Yang J, Yao S, Shields PG, Chang—Claude J. Cigarette smoking, N—acetyltransferase 2 genotypes, and breast cancer risk:pooled analysis and meta—analysis. Cancer Epidemiol Biomarkers Prev. 2008;17(1):15—26.
→PubMed

3) Dossus L, Boutron-Ruault MC, Kaaks R, Gram IT, Vilier A, Fervers B, et al. Active and passive cigarette smoking and breast cancer risk:results from the EPIC cohort. Int J Cancer. 2014;134(8):1871—88.
→PubMed

4) Nagata C, Mizoue T, Tanaka K, Tsuji I, Wakai K, Inoue M, et al;Research Group for the Development and Evaluation of Cancer Prevention Strategies in Japan. Tobacco smoking and breast cancer risk:an evaluation based on a systematic review of epidemiological evidence among the Japanese population. Jpn J Clin Oncol. 2006;36(6):387—94.
→PubMed

5) Cox DG, Dostal L, Hunter DJ, Le Marchand L, Hoover R, Ziegler RG, et al;Breast and Prostate Cancer Cohort Consortium. N—acetyltransferase 2 polymorphisms, tobacco smoking, and breast cancer risk in the breast and prostate cancer cohort consortium. Am J Epidemiol. 2011;174(11):1316—22.
→PubMed

6) Miller MD, Marty MA, Broadwin R, Johnson KC, Salmon AG, Winder B, et al;California Environmental Protection Agency. The association between exposure to environmental tobacco smoke and breast cancer:a review by the California Environmental Protection Agency. Prev Med. 2007;44(2):93—106.
→PubMed

7) Pirie K, Beral V, Peto R, Roddam A, Reeves G, Green J;Million Women Study Collaborators. Passive smoking and breast cancer in never smokers:prospective study and meta-analysis. Int J Epidemiol. 2008;37(5):1069—79.
→PubMed

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