日本乳癌学会のWeb版「乳癌診療ガイドライン」

乳癌発症リスクに関連する心理社会的要因はあるか (疫学.予防・リスク―生活習慣と環境因子・ID41290)

CQ17 乳癌診療ガイドライン2 疫学・診断編(053-055ページ)
エビデンスグレード Limited-no conclusion(証拠不十分) ストレスと乳癌発症リスクとの関連性については結論付けることができない。
Limited-no conclusion(証拠不十分) ライフイベント(配偶者の死,離婚などのストレスフルな出来事)と乳癌発症リスクとの関連性については結論付けることができない
Limited-no conclusion(証拠不十分) 性格傾向と乳癌発症リスクとの関連性について結論付けることができない。

背景・目的

 以前より,乳癌の発症には身体的要因のみならず,心理社会的要因が関与していると考えられてきた。これまで,さまざまな要因について症例対照研究やコホート研究が行われてきたが,結論は出されていない。今回,検索を行うに当たり,まず「心理社会的要因」あるいは「心理的要因」をキーワードとしてみたが,乳癌発症リスクに言及した適切な文献は得られなかった。そこで,心理社会的要因の中でも,以前より多くの研究が行われてきた「ストレス」「ライフイベント」「性格」を中心に文献検索を行い,乳癌発症リスクについて検討を行った。

解 説

 1996~2012年12月までの系統立った文献検索により,メタアナリシス2件,コホート研究9件の計11件を選択した。心理社会的要因の内訳は,ストレスに関するもの5件,ライフイベントに関するもの3件,性格に関するもの2件,日本人を対象としたもの1件であった。

 ストレスと乳癌発症リスクに関して選択した5文献は,すべてコホート研究であった。このうち3件1)~3)(ストレス内容としては,仕事上のストレス,生活上のストレス,家族介護に関わるストレス)についてはすべて対象者数が10,000人を超えたものであったが,ストレスは乳癌発症リスクを増加させないという結果であった。他の2件のうち,1件4)はスウェーデンの女性1,462人を24年間追跡したものであり,ベースライン時にストレスを経験していた女性は経験していなかった女性に比べ,約2倍の乳癌発症リスク増加を示していた(年齢調整RR:2.1,95%CI:1.2—3.7)。逆に残りの1件5)は,デンマークの6,689人の女性を対象とし,18年間追跡した結果,自覚的ストレスレベルの高い女性はストレスレベルの低い女性と比較し,乳癌発症リスクが低いことを示したものであった(HR:0.60,95%CI:0.37—0.97)。このように,ストレスと乳癌発症リスクとの関連についての見解は一定していないが,その原因の一つとして,過度の心理的ストレスは好ましくない健康影響をもたらすが,適度な心理的ストレスは逆に人が健全に生きていくために必要なものとされるなど,ストレスの概念が一様ではなく,それに対する生体の反応も一定でないことが挙げられる。

 ライフイベント,特にストレスフルなライフイベントと乳癌発症リスクに関して選択した4文献のうち,3件はメタアナリシスの報告であった。1件6)は,27文献(後ろ向き症例対照研究10件,前向き症例対照研究4件,制限のある前向きコホート研究9件,前向きコホート研究4件)をメタアナリシスした結果,配偶者の死が乳癌発症リスクと若干関連している(オッズ比:1.37,95%CI:1.10—1.71)以外,ライフイベントとの間には関連は認められなかった。他の1件7)は,8文献(症例対照研究6件,コホート研究2件)をメタアナリシスした結果,配偶者の死(RR:1.04,95%CI:0.75—1.44),離婚(RR:1.03,95%CI:0.72—1.48)ともに乳癌発症リスクとは関連していなかった。2013年に報告された1件8)は,7文献(症例対照研究4件,コホート研究3件)をメタアナリシスした結果,“顕著な”ライフイベントは乳癌発症リスクと関連している(オッズ比:1.51,95%CI:1.15—1.97)ことを報告した。しかし,この7文献における相対リスクは文献によって非常に幅があり,またライフイベントの内容も特定されていないものが多い。以上の結果より,ライフイベントに関しては,配偶者の死や離婚が乳癌発症リスクを増加させる可能性はあるが見解は一定しておらず,今後の良質なデザインによる追試が必要である。

 性格傾向と乳癌発症リスクとの関連については,1996年にBleikerら9)が不安,怒り,抑うつ,合理的,反感情的(感情表出の欠如)という6つの性格傾向との関連を5年間追跡調査し,反感情的な性格傾向と乳癌発症との間に弱い関連があるのみ(オッズ比:1.19,95%CI:0.5—1.35)であることを報告して以降,性格傾向と乳癌発症リスクの関連についての報告はみられなかった。しかし,2008年,同じBleikerら10)のグループが,上記対象者を13年間追跡した結果を再度報告し,最終的に性格傾向と乳癌発症リスクとの間に関連はないと結論付けている。

 日本人を対象としたコホート研究もある。Wakaiら11)は34,497人の日本人女性を対象とし,心理社会的要因と乳癌発症リスクとの関連をみるために行った平均7.5年間の追跡調査で,乳癌発症リスクを低下させる因子として,「生きがい」をもつこと(RR:0.66,95%CI:0.47—0.94),決断力があると感じること(RR:0.56,95%CI:0.36—0.87)を挙げており,日本人特有の心理的側面を反映した興味深い結果と思われる。

 以上のように,心理社会的要因と乳癌発症リスクについて多くは否定的な見解が多いが,一部にはその関連を示唆するものもあり,また要因自体の吟味も十分ではないことから,「心理社会的要因の中で,乳癌発症リスクとして同定できる明らかな因子はない」といえる。

検索式

 検索はPubMedにて,Breast Neoplasms/etiology,Socioeconomic Factors,Psychology,Stress,Personality,Life Change Events,Riskのキーワードを用いて行った。検索期間は2012年9月~2014年9月とした。最終的に選択された海外文献該当44件より,タイトルと抄録により,CQに関連がないものや,明らかに抄録や総説とわかる論文,症例対照研究でエビデンスレベルが3b以下のものを除外し,新たにライフイベントに関するメタアナリシスの文献1件のみを採用した。結果,2013年版の10件に今回の1件を加えた11件を本文の解説に引用した。国内文献に採択すべき論文はなかった。

参考文献

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