日本乳癌学会のWeb版「乳癌診療ガイドライン」

放射線被曝は乳癌発症リスクを増加させるか (疫学.予防・リスク―既往歴と家族歴・ID41300)

CQ18 乳癌診療ガイドライン2 疫学・診断編(056-058ページ)
エビデンスグレード Convincing(確実) 高線量の被曝が乳癌発症リスクを増加させることは確実であり,そのリスクは若年期に被曝した場合に最も高い。
Probable(ほぼ確実) 頻回のX線検査や胸部への放射線療法などの医療被曝が,乳癌発症リスクを増加させることはほぼ確実であり,そのリスクは若年期に被曝した場合に高い。
Limited-no conclusion(証拠不十分) 低線量被曝が乳癌発症リスクを増加させるかどうかは結論付けられない。

背景・目的

 放射線被曝には自然被曝と人工的な被曝(事故,戦争,偶発的,医療被曝,職業被曝など)がある。これまでに原子爆弾(原爆)被爆者,医療用放射線で被曝した集団の追跡調査において放射線に関連する乳癌の発症が指摘されてきた。最近,小児がんに対する放射線治療後の二次がんリスクや,自然被曝と乳癌リスクについても注目されている。ここでは,さまざまな被曝と乳癌発症リスクについて解説する。

解 説

(1)原爆被爆

 原爆被爆のコホートの特徴としては,比較的高線量,高線量率の被曝集団であることが挙げられる。このうち,被曝線量測定や追跡調査がほぼ完全に行われているのは原爆被爆者の追跡調査が唯一である。このコホートにおいては,これまでに,白血病,乳癌,肺癌,胃癌,結腸癌,多発性骨髄腫などの増加が認められている。乳癌の増加は被爆後10年以上経過して認められたが,そのリスクは被爆時年齢が40歳以上の女性に比べ,若年であるほど高く,特に10歳未満でのリスクが最も高いことが示されている1)2)。年齢分布は通常の乳癌と一致しており,低線量被曝者,非被曝者との比較において,高線量被曝者に発生した乳癌の組織型などに放射線誘発乳癌を特徴付ける違いは認められていない1)。両側性乳癌発症リスクの有意な増加も認められていないが,被爆時年齢が20歳未満では両側性乳癌発症リスクは高い可能性があることが示唆されている2)3)。原爆被爆者における乳腺被曝線量は0~6 Gy(0~6.08 Sv,平均0.276 Sv)と推定されており,被曝線量の増加とともにほぼ線形のパターンを示して乳癌発症頻度が増加することが示されている2)4)。これらのデータは被曝による乳癌発症リスクを解析するモデル分析に使用されているだけでなく,国際放射線防護委員会(ICRP)の線量限度の勧告の基礎となっている点でも重要である。

(2)医療被曝

 医療の目的で被曝する場合,被曝の限度量は法的に定められていない。これは,慢性疾患,あるいは重篤な疾患の診断や治療の恩恵は,これに伴う被曝のデメリットを上回ると判断されるからである(二次資料①)。 

 小児期の放射線治療と乳癌発症リスクは顕著であり,小児がんに対して放射線治療を行った1,230例を対象としたChildhood Cancer Survivor Study(CCSS)では,比較的低用量(2~20 Gy,中央値14 Gy)でも乳癌発症率は極めて高く,Standardized incidence ratio(SIR)は43.6(95%CI:27.2—70.3)であった。また,50歳までの累積発症率は30%とBRCA1変異を有する患者と同等の発症リスクであった5)。放射線治療時期に言及した小児期のHodgkin lymphomaの報告では,若年であるほど発症リスクが高く,初経から半年経過するまでに行った場合のオッズ比(OR)は,5.52(95%CI:1.97—15.46)と著明な発症リスク増加を認めた。また,本研究では260例の乳癌発症例の73.8%が50歳未満であった6。これは,Hendersonらの研究でも同様で,小児期,思春期に胸部悪性疾患に対する放射線療法を受けた女性における40~45歳までの累積乳癌発症率は13~20%と極めて高かったことに一致する7)

 以上のことより,頻回のX線検査や胸部への放射線療法などの医療被曝が,乳癌発症リスクを増加させることはほぼ確実であり,特に若年期で被曝した場合にリスクが増加する。

(3)低線量被曝

 広島・長崎の原爆被爆者の疫学調査から,100 mSv以上では,線量と癌発症率の関係は直線的であることが確認されている。しかし,それ以下の線量域については,線量反応曲線の形は決定されていない。低線量被曝に関する基本的な考え方には,放射線による生物への影響には閾値があり,閾値よりも少量の被曝は安全だとする意見と,どのような線量であっても放射線被曝は生体に有害であるとする意見(「直線しきい値無し仮説」)があり,現在でも議論が続いている。「直線しきい値無し仮説」では,被曝による生物への影響に閾値は存在せず,高線量の被曝と同様の線量反応関係が存在する,すなわち総線量と相関して確率的に癌が発症するとの仮定のもとにリスクが推定されており,ICRPはこの立場から勧告を定めている。

 低線量被曝とがん発症リスクについては客観的評価方法が難しいこともあり,関連性を検討した報告はほとんどされていない。航空会社の乗組員は低線量被曝と最も関連の高い職業の一つであるが,近年,10カ国の93,771人の乗務員を対象にした大規模なコホート研究が報告されている8)。一般女性に対する客室乗務員44,667人の標準化乳癌死亡リスクは1.06(95%CI:0.89—1.27)と有意なリスク増加は認められていない8この研究は低線量被曝と死亡リスクの検討であり,発症リスクとの関連性は不明である。

 以上より,低線量被曝と乳癌発症リスクとの関連性に関する研究報告は極めて少ないことから,低線量被曝が乳癌発症リスクを増加させるかは結論付けられない。

検索式

 検索はPubMedにて,Breast Neoplasms/epidemiology,Radiation,“Electromagnetic Radiation”,“Neoplasms,Radiation—Induced”,Risk,Humansのキーワードを用いて検索した。検索期間は2012年9月~2014年9月とした。該当文献93件のタイトル,抄録から6件を選択し原論文査読を行った。このうち3件を選択し,2013年版での引用文献5件と合わせて計8件の構造化抄録を作成し,本解説に引用した。

参考にした二次資料

① 放射線被曝者医療国際協力推進協議会編.原爆放射線の人体影響1992.東京,文光堂,1992.

② ‌United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation. UNSCEAR 2000 report to the general assembly, with scientific annexes. vol.II:Effects. Annex I:Epidemiological evaluation of radiation-induced cancer. Sources and effects of ionizing radiation. New York, 2000.

③ ICRP Publication 105. Radiation protection in medicine. Ann ICRP. 2007;37(6):1—63.

④ ‌Valentin J. Low-dose extrapolation of radiation-related cancer risk. Ann ICRP. 2005;35(4):1-140.

参考文献

1) Tokunaga M, Land CE, Yamamoto T, Asano M, Tokuoka S, Ezaki H, et al. Incidence of female breast cancer among atomic bomb survivors, Hiroshima and Nagasaki, 1950-1980. Radiat Res. 1987;112(2):243-72.
→PubMed

2) Tokunaga M, Land CE, Tokuoka S, Nishimori I, Soda M, Akiba S. Incidence of female breast cancer among atomic bomb survivors, 1950-1985. Radiat Res. 1994;138(2):209-23.
→PubMed

3) Land CE, Tokunaga M, Koyama K, Soda M, Preston DL, Nishimori I, et al. Incidence of female breast cancer among atomic bomb survivors, Hiroshima and Nagasaki, 1950-1990. Radiat Res. 2003;160(6):707-17.
→PubMed

4) Thompson DE, Mabuchi K, Ron E, Soda M, Tokunaga M, Ochikubo S, et al. Cancer incidence in atomic bomb survivors. Part II:Solid tumors, 1958-1987. Radiat Res. 1994;137(2 Suppl):S17-67.
→PubMed

5) Moskowitz CS, Chou JF, Wolden SL, Bernstein JL, Malhotra J, Novetsky Friedman D, et al. Breast cancer after chest radiation therapy for childhood cancer. J Clin Oncol. 2014;32(21):2217-23.
→PubMed

6) Cooke R, Jones ME, Cunningham D, Falk SJ, Gilson D, Hancock BW, et al;England and Wales Hodgkin Lymphoma Follow-up Group, Swerdlow AJ. Breast cancer risk following Hodgkin lymphoma radiotherapy in relation to menstrual and reproductive factors. Br J Cancer. 2013;108(11):2399-406.
→PubMed

7) Henderson TO, Amsterdam A, Bhatia S, Hudson MM, Meadows AT, Neglia JP, et al. Systematic review:surveillance for breast cancer in women treated with chest radiation for childhood, adolescent, or young adult cancer. Ann Intern Med. 2010;152(7):444-55;W144-54.
→PubMed

8) Hammer GP, Auvinen A, De Stavola BL, Grajewski B, Gundestrup M, Haldorsen T, et al. Mortality from cancer and other causes in commercial airline crews:a joint analysis of cohorts from 10 countries. Occup Environ Med. 2014;71(5):313-22.
→PubMed

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