日本乳癌学会のWeb版「乳癌診療ガイドライン」

総説:遺伝性乳癌と遺伝学的検査、遺伝カウンセリング (疫学.予防・癌遺伝子診断と予防・ID41430)

乳癌診療ガイドライン2 疫学・診断編(092-102ページ)

 乳癌の5~10%は遺伝性,すなわち乳癌の発症に関係する遺伝子の生殖細胞系列変異(germline mutation)を有していると考えられている。癌の二次予防の観点から,遺伝的な乳癌発症リスクを評価し,リスクが高い人に対して早期の医療介入を実施して,生命予後を改善することができればその意義は大きい。欧米では,乳癌既発症者を対象に遺伝性乳癌の可能性を評価し,遺伝学的検査や遺伝カウンセリングを実施している。遺伝的要因が存在する可能性が高いと評価された場合には,それに基づいて,家系内の既発症者および未発症高リスク者を対象とした検診サーベイランス,リスク低減手術,薬物による化学予防などを行うことが標準医療となりつつある。日本では,癌の遺伝学的検査および遺伝カウンセリングに公的保険が適用されないこと,医療関係者の中でも遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC;hereditary breast and ovarian cancer)に関する認識が十分ではないこと,リスク低減手術が一般に実施されておらず,対策としての選択肢に限界があることなどから,癌の遺伝医療を実施している医療施設や専門家が少ないのが現状である。しかし,日本の乳癌患者の中にもBRCA1あるいはBRCA2に変異を有する遺伝性乳癌患者が少なくないことが明らかになってきた1)

 わが国でも家族性乳癌への関心は決して低いものではなく,HBOCの原因遺伝子が同定される以前から独自の臨床診断基準を設けてその臨床病理学的特徴が検討されてきた。野水らの家族性乳癌の定義2)(表1)を満たす症例は,乳癌症例の約2.0%であることが報告されている。

P92_表1

 1994~95年に,BRCA1,BRCA2と原因遺伝子が相次いで同定され,特に欧米においてHBOCの臨床的特徴や自然史が急速に解明された。一方,わが国のHBOCの臨床研究は極めて少なく,現在に至るまで十分なデータが得られていない状況であり,わが国のHBOCの遺伝カウンセリング時に提供する情報(平均発症年齢,浸透率,乳癌・卵巣癌の生命予後など)は,ほとんどが欧米での研究成果に基づいている。

 遺伝カウンセリングとは,一般に,遺伝性疾患に対する情報の提供と心理社会的支援を行うことを総称している。わが国の遺伝診療における遺伝カウンセリングは医療行為と捉えられており,診療科の医師あるいは遺伝カウンセリング担当の医師が中心に遺伝カウンセリングを行っている施設が多い。一方,米国では専門職である遺伝カウンセラーが主体となって遺伝カウンセリングを行い,医師は専ら診断・治療を担当しており,それぞれの役割分担が明確である。近年,わが国でも学会認定による認定遺伝カウンセラー制度が発足し,認定を受けた遺伝カウンセラーが徐々に診療の現場に参画するようになった(2014年12月現在161名)。しかしながら,まだわが国の癌の遺伝カウンセリングの歴史は浅く,本格的に取り組まれるようになったのは1990年代の後半からである。現在はわが国では癌の遺伝カウンセリングは保険適用とはなっておらず自費診療で行っている。また,いまだわが国には規範となる癌の遺伝カウンセリングモデルがなく,米国のシステムを参考にしながら標準化への試行錯誤を続けている状況といえよう。以下の記述は,米国での遺伝カウンセリングや欧米でのデータを参考にわが国の医療制度の枠内で実施できる遺伝子医療における提案である。

 各医療施設でHBOCの遺伝医療を実施する場合に,考慮すべき点を以下にあげる。

1.診療科スタッフの遺伝医療に対する認識の普及

  下記に示される一次拾い上げは,原則として乳癌診療に関わるすべてのスタッフが実践できなくてはならない。実際に遺伝医療を担当するのが乳腺科の一部の医師であるとしても,その他のスタッフも遺伝情報の取り扱いなども含めた遺伝医療の基本的な知識を共有している必要がある。

2.遺伝カウンセリング担当スタッフ

 ‌ 医師および他の医療専門職者でチームを作って担当することが望ましい。医師は乳腺科,婦人科などの診療科の医師が担当することが想定される。遺伝カウンセリングを担当する部門があれば専任の医師が担当する。診療科の医師はsubspecialityとしてHBOCと関わることになるが,臨床遺伝学や腫瘍遺伝学の基本的な知識を有している必要がある。関連学会が開催しているセミナーなどに参加して遺伝性腫瘍の基本および最新の情報は理解しておくことが望まれる。
 医師以外の医療従事者としては,外来担当の看護師が兼務する状況などが考えられる。この場合も関連学会主催のセミナーなどで,基本的な知識と患者との対応の基本的なスキルを習得するべきである。将来的には,大学院の遺伝カウンセラー養成課程を修了し,学会認定を受けた認定遺伝カウンセラーが遺伝カウンセリングを担当することも多くなると思われる※※

※日本家族性腫瘍学会の家族性腫瘍セミナー,日本人類遺伝学会の遺伝医学セミナー,日本遺伝カウンセリング学会の遺伝カウンセリング研修会,日本HBOCコンソーシアムの教育セミナーなど。全国遺伝子医療部門連絡会議のウェブサイトに「遺伝医学系統講義e—learning」も掲載されている。詳細は各学会のウェブサイトを参照。

※※わが国の学会の遺伝関連認定制度として,臨床遺伝専門医,臨床遺伝指導医,認定遺伝カウンセラーがある(2015年2月現在)。詳細はそれぞれのウェブサイトを参照。

3.BRCA1/2遺伝学的検査の実施体制

 2012年6月現在,BRCA1/2遺伝学的検査は特許の関係があり,わが国で診療として実施する場合にはファルコバイオシステムズ社と契約した上で検査を委託する必要がある。

4.マネジメント体制

 遺伝学的検査の結果,変異が認められた場合には,適切な医療介入が必要である。HBOCの診療では,遺伝学的検査を実施することに意義があるのではなく,そのあとのフォローアップ体制が機能して癌の二次予防に貢献できなければ遺伝学的検査を行う意義に乏しい。そのために,複数の診療科が連携できるような体制を整備すること,もし自施設で難しいようであれば,クライエントの居住地などを考慮して適切な医療が受けられるようにマネジメントするのも,遺伝カウンセリングの重要な職務である。

 HBOCの遺伝カウンセリングを受ける対象者に明確な基準があるわけではないが,これまでは担当医から紹介されたり,「自分の家系には乳癌の罹患者が多く,自分や娘が心配である」といって遺伝外来を訪ねるケースが多かった。ただ,潜在的なHBOC遺伝カウンセリング対象者はさらに広範にわたる。参考までに,NCCNガイドラインでは2段階の評価方式を推奨している。若年乳癌患者や乳癌の家族歴のある乳癌患者が基本であるが,表2に示す項目に該当する患者・家族が主として対象になる。わが国で同様な試みを行うためには,一次拾い上げは問診票などを用いて診療科の医師,外来看護師,遺伝カウンセラーが行い,さらに二次評価は乳腺科の中の遺伝性乳癌担当者などが遺伝外来において担当するか,癌の遺伝外来を専門に開設している施設で対応するといった方法が考えられる。少なくとも表1に示す野水らの定義を満たしているような家系の乳癌,卵巣癌患者に対して,適切な情報が提供できるように配慮する必要がある。

P94_表2

 以下,NCCNガイドライン「遺伝的要因/家族歴を有する高リスク乳癌卵巣癌症候群」3)を基本に置きながら,ACOG(米国産科婦人科専門医科会)の診療指針4),USPSTF(米国予防サービス医療専門委員会)の診療指針5),ASCO(米国臨床腫瘍学会)の会告6)7)8)なども参照して要点を紹介し,解説する。

(1)既発症者の乳癌が遺伝性である可能性を考慮すべき状況

 特定の患者の乳癌が遺伝性であるか否かを,臨床所見や家族歴などから判断する明確な基準は存在しない。そこで,NCCNガイドラインでは2段階の評価方式を推奨している。まず,乳癌既発症者に対しては,一般診療などを通じて父方母方の家族歴を調査し,表2の項目に1つ以上該当する場合には遺伝性乳癌の可能性を考慮していったん拾い上げる(一次拾い上げ)。わが国ではこの基準で一時拾い上げを行った場合,特に50歳以下の若年乳癌という項目により拾い上げられる症例が多くなり,スクリーニングとしての問題点が指摘されている。

 次に,拾い上げた人々に対して専門家による詳細な評価(二次詳細評価)を行い,遺伝性乳癌の可能性が高いと判断した場合には,遺伝学的検査や検診サーベイランスなどについて,既発症者,未発症者を含めた個人やその血縁者と話し合う。この場合,通常は最初に既発症者と遺伝学的検査や検診サーベイランスについて話し合い,その後に未発症者や血縁者にも情報を提供する。

 乳癌患者においては,他に家族歴がなくても,状況によっては遺伝性乳癌の可能性を考慮しなければならない。家系員の数が少なかったり男性が多かったりすると,見かけ上家族歴がみられないからである。父方血縁者の家族歴聴取も重要である。表2にあるように,若年発症,同一患者における癌多発,男性乳癌,卵巣癌などの症例が家系内に1例でもあれば,他の家族歴がなくても一次拾い上げの対象となる。また,自分は乳癌に罹患していなくても血縁者に癌に罹患者が多くて遺伝外来を受診するケースも想定される。その場合も表2の非罹患者の項を参考にHBOCを考慮した遺伝カウンセリングを行う。

 一次拾い上げの方策としては,問診票の活用,外来や病棟での家族歴聴取,患者向け冊子・ポスターの設置,遺伝性腫瘍に焦点を当てた症例検討会など,さまざまな工夫を講じることが望まれる。

(2)遺伝性乳癌家系の可能性がある場合に推奨される詳細な評価(二次詳細評価)

 表2の項目に該当する場合は,遺伝性腫瘍の専門家に紹介する。そこでは,患者(場合によっては未発症者)のニーズや心配な点を尋ねるとともに,家族歴や既往歴の十分な聴取を行って,HBOC,Li—Fraumeni症候群,Cowden症候群などを念頭に置いて,対象家系の詳細な評価を行い,遺伝学的検査の選択肢を考慮すべきかどうかを判断する(評価手順はNCCNガイドライン参照)。

 実際に乳癌診療を実施している施設内では,一次拾い上げ,二次詳細評価の流れをどのように設置するかを検討し,担当者がNCCNガイドラインなどを熟知したうえで体制を組む必要がある。これらの詳細な評価を行う専門家として,NCCNガイドラインでは遺伝カウンセラーや遺伝専門医を挙げているが,日本では今後急増すると予測される遺伝性腫瘍の患者・家族に対応できる遺伝医療体制がまだ十分に構築できているとはいえない。ASCOでは,癌専門医の腫瘍遺伝学教育に力を入れており,日本においても遺伝医療体制の整備とともに,癌診療に従事するすべての医師が腫瘍遺伝学に関する基礎的な知識を習得することが望まれる。さらに,遺伝性腫瘍の詳細な評価を行う専門家の育成およびこれらの専門家へ容易に紹介できるシステムの整備が急務である


全国遺伝子医療部門連絡会議のウェブサイトには「遺伝子医療実施施設検索システム」があり,地域別,疾患群別に遺伝子診療を実施している全国の施設を検索できる。

(3)遺伝性乳癌を考慮する場合の選択肢としての遺伝学的検査

 NCCNガイドラインでは,前項(2)の詳細評価の結果,遺伝性乳癌家系の可能性が疑われ,遺伝学的検査を考慮すべきと判断された個人やその血縁者に対しては,遺伝学的検査の選択肢を提示することを推奨している。ここで注意すべき点は,「遺伝学的検査の実施」を推奨しているわけではなく,「遺伝学的検査という選択肢があることの提示」を推奨していることである。

 代表的な遺伝性乳癌は「遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)」である。HBOCが疑われる場合は,その主たる原因として知られている2つの遺伝子,BRCA1,BRCA2の病的変異の有無を調べる遺伝学的検査の選択肢を提示する。状況により他の遺伝性腫瘍症候群の可能性が考えられる場合は,それぞれの原因遺伝子の検査を選択肢として提示する(Li—Fraumeni症候群ではTP53遺伝子,Cowden症候群の場合はPTEN遺伝子など)。これらの遺伝子検査は,癌細胞において変化した遺伝子の検査ではなく,先天的な遺伝子変異の有無を調べる生殖細胞系列の遺伝子変異を調べる遺伝学的検査である。

 遺伝学的検査を受けるかどうかは,個人の自由意思に基づく選択である。遺伝学的検査の選択肢を提示する際には,表3の事項について話し合い,インフォームドコンセントを取得した後,検査を実施する。

 家系内のどの人から遺伝学的検査を行うべきかに関しては,家族の事情に配慮しつつ,遺伝子の病的変異を有している可能性が高い人(既発症者,なかでも若年発症者や癌多発症例など)から行うことが原則である。

P97_表3

(4)遺伝的に乳癌発症リスクが高いと考えられる人々に対する検診などの対策

 遺伝的に乳癌発症リスクが高いと考えられる人に対しては,リスク状況に応じて適切な対策を考慮し,その情報を当人に伝え,それらの対策を実施することが推奨されている。

 例えば,BRCA1,BRCA2遺伝子のいずれかに病的変異が存在する場合,乳癌および卵巣癌の発症リスクが一般集団より高くなり,70歳までの乳癌の発症リスクはBRCA1,BRCA2遺伝子変異をもつ場合それぞれ57%(95%CI:47—66),49%(95%CI:40—57),卵巣癌については同様に70歳まででBRCA1,BRCA2遺伝子変異をもつ場合それぞれ40%(95%CI:35—46),18%(95%CI:13—23)とされている10)。したがって,高リスクを前提とした乳癌検診サーベイランスによる二次予防をはじめ,リスク低減手術(乳房切除術)や,薬物による化学予防などが考慮される。表4に,NCCNガイドラインの推奨事項を示す。

 なお,乳癌既発症者においても,HBOCの可能性が高いと評価された場合は,新たな原発乳癌や卵巣癌リスクが考えられるため,表4を参考に,未発症者のサーベイランスに準じた対策を取ることが推奨されている。これらの対象者に対しては,癌検診サーベイランス,リスク低減手術,化学予防などに関して,その方法,費用,癌の検出率や予防ができる程度と限界などの情報提供を行う。

 日本では,これらの予防策のほとんどについて,保険診療の適用にはなっていない。特に,リスク低減手術や化学予防に関してはごく一部の施設で実施が検討されている段階に過ぎず,公的保険も適用されないことから,現状では,施設の状況に応じて実施可能な選択肢を提示するにとどまるであろう。しかしながら,遺伝的に乳癌発症リスクが高い人に対する検診サーベイランスは,侵襲の少ない予防策として欧米ではすでに推奨,実施されており,日本においても乳癌発症高リスク者の検診サーベイランス体制の整備は急務である。また,NCCNガイドラインにおいて,リスク低減乳房切除術は個人の希望によって考慮すべき選択肢という扱いであるが,卵巣卵管切除術は適切な時期に実施することが推奨されている。卵巣癌は検診による早期発見が困難であるという実情を考慮して,今後日本においてもリスク低減卵巣卵管切除術が実施できる体制の早急なる整備が望まれる。

 なお,BRCA1,BRCA2遺伝子のいずれかに病的変異が存在する個人が乳癌と診断された場合,乳房温存療法後の温存乳房内第2癌発症リスクや対側の乳癌の発症リスクが増大する可能性があるとして,欧米では,BRCA1,BRCA2遺伝子の病的変異の有無は術式を決めるための情報としても利用される場合がある。NCCN「乳癌」ガイドライン11)では,BRCA1,BRCA2遺伝子の病的変異が判明していたり,遺伝的素因が疑われる女性においては,放射線治療を伴う乳房温存療法は相対的禁忌としている。一方で,放射線治療を併用した温存乳房内再発の頻度はBRCA1/2の変異の有無で有意な差はないという報告も複数みられ,今後さらに長期にわたる経過観察後の検討が必要である。

P98_表4

(5)乳癌の遺伝カウンセリング(図1)

 遺伝カウンセリングとは,疾患の遺伝学的関与について,その医学的影響,心理学的影響および家族への影響を人々が理解して,それを助けていくプロセスであるとされる12)。このプロセスには,① 疾患の発生および再発の可能性を評価するための家族歴および病歴の解釈,② 遺伝現象,検査,マネジメント,予防,資源,および研究についての教育,③ インフォームド・チョイス(情報を得たうえでの自律的選択),およびリスクや状況への適応を促進するためのカウンセリング,等が含まれる。これは米国の遺伝カウンセラー学会の定義を踏襲している13)。多くの乳癌患者の中から遺伝性乳癌患者を拾い上げることは,本人の将来の癌発症リスクに対する対策を開始することと,癌発症リスクが高い可能性のある血縁者に対して早期にリスク評価を行い,適切なサーベイランスに導く意義がある。表5に,乳癌の遺伝性を考慮した診療の中で実施されるべき事項を示す。

 乳癌の遺伝について扱う際は,通常の乳癌診療の中で,あるいは,別途面談時間を設けるなどして,十分な時間を確保し,これらの事項を実施することが推奨されている。

 遺伝性腫瘍に対する遺伝カウンセリングでは,患者もしくはクライエントの遺伝的リスクを含めた医学的状況の確認,遺伝学的検査を含むリスク評価法の検討と選択肢の提示,リスクに基づく今後の健康管理法の検討と選択肢の提示,心理社会的な支援などが主治医との連携を取りつつ進められる。これらは表5にも記載されている内容であり,実際の臨床現場では表5の1~5.について,主治医や看護師によって実践されているのが現状であろう。実際,遺伝カウンセリングという言葉にこだわるよりも,これらの内容が何らかの形で医療として実施されるよう体制を整えることが最優先されるべきである。しかしながらこうした医療は専門的な知識と時間を要する診療行為であり,多忙な乳腺外科医や現存の医療スタッフがすべてを実施することは容易でない。また遺伝医学に関する教育や研修の機会が十分に整備されていないわが国においては,必ずしも医師や看護師が遺伝医学的問題について十分に対応できるとは限らない。それゆえに,すでに述べてきたとおり,乳癌診療に従事するすべての医療者が基本的な遺伝医学の知識を習得する研修体制を整備するとともに,遺伝カウンセリングを専門的に担当し,医師や看護師と適切な連携を取って包括的な医療の実践に貢献する医療部門の充実が強く求められる。

 わが国においては臨床現場において実施される遺伝学的検査に関していくつかのガイドラインが制定されている。これらは強制力をもつものではないが,医療者が良識に基づいて遵守することを期待されているものである。過去に公開され,現在も有効なガイドライン,例えば遺伝関連10学会による「遺伝学的検査に関するガイドライン(2003)」や厚生労働省による「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン(2004)」では,遺伝情報の特殊性とそれゆえの慎重な取扱いの必要性,検査前後の遺伝カウンセリングの必要性を明記している。こうした方針は,被検者および血縁者の保護を最重視したゆえのものである。しかしながら,遺伝子解析技術の急速な進展や医療への応用の拡大に伴い,これらのガイドラインが求める対応が一般診療の現状と合わない部分も生じてきた。これを受けて,2011年2月に日本医学会から「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」が公開された。ここでは,すでに発症している患者の診断を目的として行う遺伝学的検査の事前の説明と同意・了解の確認は原則として主治医が行い,必要に応じて遺伝カウンセリングなどの支援を受けられるように配慮することを求めている。このガイドラインにより,遺伝性乳癌卵巣癌をはじめとする遺伝性疾患の遺伝学的検査とそれに続く診療がこれまでよりも円滑に進むことが期待される。しかしながら,このガイドラインがすべての医師に対して自由に遺伝学的検査を実施することを担保したり推奨したりするものではないことに留意すべきである。当然ながら遺伝情報の特殊性とそれに対する配慮,被検者への不利益防止の重要性はこれまでと何ら変わるものではない。したがってこのガイドラインの趣旨は,主治医が遺伝情報の特殊性を十分に理解し,かつ主治医のみならず施設において情報の取り扱いに対する安全管理措置が適切に取られているという条件を前提としたものと考えるべきである。十分な遺伝医療体制が整わない中では安易な遺伝学的検査を行わず,遺伝性腫瘍の専門家や遺伝性乳癌に対応可能な体制が整った遺伝医療部門に紹介する良識が求められる。

P100_図1P100_表5

(6)心理社会的支援

 医療のいかなる現場においても人々の心理社会的な面に対する配慮は重要である。乳癌の遺伝カウンセリングでは基本的な心理面への配慮を行いつつ,前述した遺伝性の評価と情報提供を適切に行うことが求められる。臨床心理学的視点からみると,癌や遺伝に伴う心配や不安,悩みがあることや,家族の間での意見の不一致などがみられることは自然なことであり,多くの人は,時間の経過とともに自分で気持ちを整理したり家族の問題に対応したりすることができるとされている。たとえ患者や家族が混乱したり,決断できない状況に陥ったとしても,医療者が代わりに決断するような介入をしてはならない。医療者は患者や家族を落ち着いて見守りながら,悩んだり決断できないことは普通であることを認め,安心して悩んだり不安を感じたりすることができることを保証することが重要である。そのうえで,さらなる心理社会的支援が必要と考えられた場合には,個人や家族の求めに応じて,心理カウンセリング技術に長けた心理援助専門職に紹介することが望ましい。また医療費助成などの制度に関しては,医療ソーシャルワーカーを利用できることなどの情報を提供する。遺伝性乳癌卵巣癌の患者会が設立され,まだ活動は始まったばかりであるが,患者同士の交流の機会をもつことも一つの支援策となるかもしれない。

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