日本乳癌学会のWeb版「乳癌診療ガイドライン」

BRCA1あるいはBRCA2遺伝子変異をもつ女性に予防的内分泌療法は勧められるか (疫学.予防・癌遺伝子診断と予防・ID41460)

CQ33 乳癌診療ガイドライン2 疫学・診断編(111-114ページ)
推奨グレード C1 BRCA1あるいはBRCA2遺伝子変異をもつ女性に対する予防的内分泌療法は,乳癌発症リスクを低減させる可能性があるので,細心の注意のもと実施を考慮してもよい。

推奨グレードを決めるにあたって

 海外ではBRCA変異陽性者の対策として予防的タモキシフェンの内服を行う場合がある。BRCA1/2変異陽性者に限らず,乳癌のハイリスク女性を対象とした大規模臨床試験およびそのメタアナリシスで,乳癌の発症リスクを下げることが示されており,乳癌の化学予防(chemoprevention)として期待されている。しかしその予防効果は確実ではなく限界があることを理解する必要がある。これまでのBRCA遺伝子変異陽性者を対象とした前向き試験のデータが乏しく,しかも複数の臨床研究があるものの症例対照研究の研究とも必ずしも結果の一致をみていない。

 なお,BRCA変異陽性者に対する予防的タモキシフェンの内服は保険適用にはなっていないため,使用する場合には自費診療となる。また子宮内膜癌のリスクがやや上昇することなど有害事象についての理解が必要である。

背景・目的

 BRCA1あるいはBRCA2遺伝子変異をもつ女性における生涯の乳癌発症率は約49~57%と高率である。よって,BRCA1あるいはBRCA2遺伝子変異のあることが明らかとなった女性に対する有効な予防方法の確立は重要な課題である。乳癌は乳房内の上皮細胞が女性ホルモンの強い影響を受け癌化するため,内分泌療法剤により予防すること(化学予防)が検討されてきた。BRCA1あるいはBRCA2遺伝子変異陽性者における乳癌の化学予防の有用性を検討した(☞なお,ハイリスク女性に対する化学予防は疫学・予防CQ 30を参照)。

解 説

 乳癌の化学予防を目的として,タモキシフェン,ラロキシフェン,アロマターゼ阻害薬の効果を検証した複数のランダム化比較試験が報告されている(二次資料①,疫学・予防CQ 30参照)。これらの臨床試験の多くは家族歴の有無を考慮したハイリスク女性を対象としており,BRCA遺伝子変異陽性者の未発症者も含まれていると考えられるが,BRCA1あるいはBRCA2遺伝子変異陽性者を特異的な対象とした試験ではない。

 最も大規模なBreast Cancer Prevention Trial〔National Surgical Adjuvant Breast and Bowel Project(NSABP)P—1 trial〕は13,338人のハイリスク女性〔60歳以上,あるいは5年間の累積乳癌発症リスクが1.7%以上,もしくはlobular carcinoma in situ(LCIS)症例〕を対象としたタモキシフェンとプラセボとのランダム化比較試験である。平均54カ月の観察期間では,タモキシフェン服用により浸潤癌のリスクが49%,非浸潤癌のリスクが50%減少した。ただし,タモキシフェンによる乳癌発症予防効果はER陽性乳癌に限定されていた1)。また,International Breast Cancer Intervention Study—Ⅰ(IBIS—Ⅰ)でも,タモキシフェンの予防効果を調べたところ,乳癌の発症は32%減少しており,P—1 trialと同様に予防効果はER陽性乳癌に限定されていた2)。さらにこの研究を中央値96カ月まで観察を継続した結果でも乳癌発症頻度を減少させる効果が認められている〔リスク比で0.73(95%CI:0.58—0.91,p=0.004〕3)。タモキシフェンの予防効果を検証した4つの臨床試験のメタアナリシスの結果,タモキシフェンによる乳癌発症抑制率は38%であり,ホルモン受容体発現別の検討ではER陽性乳癌の発症率を48%抑制する一方,ER陰性乳癌に対する抑制効果は認められていない(二次資料②)。

 BRCA遺伝子変異陽性者の検討を行った乳癌未発症者に対する前向き予防的内分泌療法の効果を検証した研究として,P—1 trialの後ろ向き解析4がある。

 P—1 trialで乳癌を発症した320人のうち,BRCA1およびBRCA2遺伝子解析が可能であった288人を調査したところ,19人(6.6%)に変異が認められた。タモキシフェン投与群と対照群がほぼ1:1に割り付けられていたため,変異が認められた集団の中での投与群の偏りにより予防効果を推定している。その結果,タモキシフェンはBRCA2変異陽性者の乳癌発症リスクを62%減少させることが示唆されたが〔相対リスク0.38(95%CI:0.06—1.56)〕BRCA1変異陽性者には効果は認められなかった〔相対リスク1.67(95%CI:0.32—10.7)〕4しかし,本報告は乳癌発症者のみの検討であること,対象症例数が少なく信頼区間が広いこと,統計学的な有意差が認められていないことから,BRCA遺伝子変異陽性者に対する予防的タモキシフェンの効果を確実とする根拠は示されていない。

 一方,予防的内分泌療法の効果を示すもう1つの指標として,BRCA遺伝子変異陽性の乳癌患者の薬物療法としてタモキシフェンを使用したことにより,対側乳癌の発症をどれだけ抑制できるかも臨床上重要である。BRCA1あるいはBRCA2に遺伝子変異を有する209人の異時性両側乳癌患者を症例群,384人の片側乳癌の患者を対照群とした症例対照研究がある(平均観察期間9.7年)。他の治療要因を考慮した多変量モデルで対側乳癌の予防効果を検討したところ,タモキシフェン服用歴のある女性の対側乳癌発症リスクのオッズ比は0.50(95%CI:0.28—0.89)であった。BRCA1BRCA2遺伝子変異陽性者の単変量解析によるオッズ比は各々0.38(95%CI:0.19—0.74),0.63(95%CI:0.20—1.50)であり,BRCA1遺伝子変異陽性者のみに有意なリスク減少が認められている52006年にはこの症例対照研究の追加解析の結果が報告されている。BRCA1あるいはBRCA2遺伝子変異陽性の異時性両側乳癌女性285人を症例群,片側乳癌女性751人を対照群として,年齢,乳癌発症年齢,タモキシフェン投与期間を調整して解析した結果,タモキシフェン投与による対側乳癌発症リスク全体でオッズ比0.47(95%CI:0.30—0.85)であった。また,BRCA1遺伝子変異陽性者ではオッズ比は0.5(95%CI:0.30—0.85),BRCA2遺伝子変異陽性者では0.42(95%CI:0.17—1.02)であり,追加解析でもBRCA1遺伝子変異陽性者のみに有意なリスク減少が認められている6)

 最近のPhillipsらのコホート研究では,同様に初発乳癌の薬物療法としてタモキシフェンの内服による対側乳癌のリスク減少効果を検討している。対象はBRCA1変異陽性者1583人,BRCA2変異陽性者881人で,このうち,タモキシフェンを内服しているのはBRCA1変異陽性者で383人,BRCA2変異陽性者で454人であった。初発癌の診断後の期間およびコホートエントリー後の期間はそれぞれ中央値で6.6年,3.2年であった。この期間に,対側乳癌は520例で発症し,このうち100例はコホートエントリー後に発症している。タモキシフェン内服群の乳癌発症リスクのハザード比はBRCA1BRCA2でそれぞれ0.38(0.27—0.55),0.33(0.22—0.50)であり,BRCA1およびBRCA2変異陽性者ともにタモキシフェン内服による対側乳癌の発症抑制効果が示されている。ただ,乳癌の担癌症例を入れると生存の偏りを含むことになるので,本研究ではさらに前向きデータ(エントリー後の観察期間)のみの評価を追加しているが,この解析からはBRCA1,およびBRCA2変異陽性者ともに有意な抑制効果は認められていない〔BRCA1BRCA2変異陽性群でそれぞれ0.58(0.29—1.13),0.48(0.22—1.05)〕7)

 その他の解析手法として,BRCA遺伝子変異陽性乳癌のER陽性率を複数の既報から統括し,さらに予防的タモキシフェンに関するランダム化比較試験の乳癌発症予防効果から,モデル解析によりBRCA遺伝子変異陽性者に対する,予防的内分泌療法の効果を推定した報告がある(二次資料③)。これによると,BRCA変異陽性乳癌のER陽性率はBRCA1変異陽性乳癌で16%,BRCA2変異陽性乳癌で65%であり,タモキシフェンによる初発および再発の乳癌発症リスクの減少率はBRCA1遺伝子変異陽性者では13%(RR:0.87,95%CI:0.68—1.11),BRCA2遺伝子変異陽性者では27%(RR:0.73,95%CI:0.59—0.90)と推定された。

 BRCA遺伝子変異陽性者を対象とした大規模な前向き試験はないが,BRCA1あるいはBRCA2遺伝子変異陽性者をハイリスク女性と包括的に分類した場合,タモキシフェンによる乳癌発症予防効果は確実であると考えられる。BRCA遺伝子変異陽性者を区別して考えるべきかどうかは,BRCA遺伝子変異陽性者の発癌過程における女性ホルモンの関与,ER陽性乳癌の比率に関連すると考えられる。現在のところBRCA1遺伝子変異陽性者ではER発現率が低く,P—1 trialの後解析,ならびにモデル解析からBRCA1遺伝子変異陽性者に対する予防的内分泌療法の効果は,BRCA2遺伝子変異陽性者に比べ劣ることが示唆されている。一方で,タモキシフェンによる対側乳癌の発症予防効果に関する症例対照研究では,BRCA1遺伝子変異陽性乳癌にのみ有意な現象が認められている。また,文献7の対側乳癌の発症予防効果ではBRCA1とBRCA2で類似の結果が得られるなど結論が一致していない。現状では予防的内分泌療法の効果に関してBRCA遺伝子変異陽性者と通常のハイリスク女性,あるいはBRCA1遺伝子変異とBRCA2遺伝子変異とを区別して検証することの意義は不明である。

 以上より,BRCA遺伝子変異陽性者を対象とした大規模な前向き研究はないものの,BRCA遺伝子変異陽性者の乳癌発症リスクが非常に高いこと,ハイリスク女性に対するタモキシフェンによる対側乳癌発症予防効果が示されていることより,BRCA1あるいはBRCA2遺伝子変異をもつ女性に対する予防的タモキシフェンの使用は,乳癌発症リスクを減少させる可能性があると考えられる。したがって,タモキシフェン内服上の注意事項を遵守し,子宮内膜癌のリスクの上昇,深部静脈血栓症などの有害事象,さらに発症抑制効果の限界,などについて担当医から十分な説明を受けてこれを理解したうえで,対策の1つの選択肢としてタモキシフェンの内服を考慮してもよいと考えられる。なお,BRCA1あるいはBRCA2遺伝子変異をもつ女性に対する乳癌発症予防に関しては,リスク低減乳房切除術やリスク低減卵巣卵管切除術といった予防的切除も発症リスクを確実に下げることが示されている(疫学・予防CQ 3234を参照)。

 BRCA1BRCA2変異陽性者に対するラロキシフェン,アロマターゼ阻害薬の予防効果に関するデータはみられない。

検索式

 検索はPubMedにて,Breast Neoplasms/prevention and control,BRCA1,BRCA2,antineoplastic agents,hormone,estrogen antagonistsのキーワードを用いて検索した。検索期間は2012年9月から2014年9月とした。抽出した9件のうち,1件を採用して検討を加えた。

参考にした二次資料

① ‌Chlebowski RT, Col N, Winer EP, Collyar DE, Cummings SR, Vogel VG 3rd, et al;American Society of Clinical Oncology Breast Cancer Technology Assessment Working Group. American Society of Clinical Oncology technology assessment of pharmacologic interventions for breast cancer risk reduction including tamoxifen, raloxifene, and aromatase inhibition. J Clin Oncol. 2002;20(15):3328‒43.

② ‌Cuzick J, Powles T, Veronesi U, Forbes J, Edwards R, Ashley S, et al. Overview of the main outcomes in breast‒cancer prevention trials. Lancet. 2003;361(9354):296‒300.

③ ‌Duffy SW, Nixon RM. Estimates of the likely prophylactic effect of tamoxifen in women with high risk BRCA1 and BRCA2 mutations. Br J Cancer. 2002;86(2):218‒21.

参考文献

1) Fisher B, Costantino JP, Wickerham DL, Redmond CK, Kavanah M, Cronin WM, et al. Tamoxifen for prevention of breast cancer:report of the National Surgical Adjuvant Breast and Bowel Project P‒1 Study. J Natl Cancer Inst. 1998;90(18):1371‒88.
→PubMed

2) Cuzick J, Forbes J, Edwards R, Baum M, Cawthorn S, Coates A, et al;IBIS investigators. First results from the International Breast Cancer Intervention Study(IBIS‒I):a randomised prevention trial. Lancet. 2002;360(9336):817‒24.
→PubMed

3) Cuzick J, Forbes JF, Sestak I, Cawthorn S, Hamed H, Holli K, et al;International Breast Cancer Intervention Study I Investigators. Long‒term results of tamoxifen prophylaxis for breast cancer‒96‒month follow‒up of the randomized IBIS‒I trial. J Natl Cancer Inst. 2007;99(4):272‒82.
→PubMed

4) King MC, Wieand S, Hale K, Lee M, Walsh T, Owens K, et al;National Surgical Adjuvant Breast and Bowel Project. Tamoxifen and breast cancer incidence among women with inherited mutations in BRCA1 and BRCA2:National Surgical Adjuvant Breast and Bowel Project(NSABP‒P1)Breast Cancer Prevention Trial. JAMA. 2001;286(18):2251‒6.
→PubMed

5) Narod SA, Brunet JS, Ghadirian P, Robson M, Heimdal K, Neuhausen SL, et al;Hereditary Breast Cancer Clinical Study Group. Tamoxifen and risk of contralateral breast cancer in BRCA1 and BRCA2 mutation carriers:a case‒control study. Hereditary Breast Cancer Clinical Study Group. Lancet. 2000;356(9245):1876‒81.
→PubMed

6) Gronwald J, Tung N, Foulkes WD, Offit K, Gershoni R, Daly M, et al;Hereditary Breast Cancer Clinical Study Group. Tamoxifen and contralateral breast cancer in BRCA1 and BRCA2 carriers:an update. Int J Cancer. 2006;118(9):2281‒4.
→PubMed

7) Phillips KA, Milne RL, Rookus MA, Daly MB, Antoniou AC, Peock S, et al. Tamoxifen and risk of contralateral breast cancer for BRCA1 and BRCA2 mutation carriers. J Clin Oncol. 2013;31(25):3091‒9.
→PubMed

乳癌診療ガイドライン

PAGETOP
Copyright © 一般社団法人日本乳癌学会 All Rights Reserved.
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.