日本乳癌学会のWeb版「乳癌診療ガイドライン」

BRCA1あるいはBRCA2遺伝子変異をもつ女性にリスク低減卵巣卵管切除術は勧められるか (疫学.予防・癌遺伝子診断と予防・ID41470)

CQ34 乳癌診療ガイドライン2 疫学・診断編(115-117ページ)
推奨グレード B BRCA1あるいはBRCA2遺伝子変異をもつ女性に対して,リスク低減卵巣卵管切除術の実施が推奨される。

推奨グレードを決めるにあたって

 リスク低減両側卵巣卵管切除術により卵巣癌,卵管癌の発症リスクは確実に下がる。また,短期の報告ではあるが,メタアナリシスにより生存率の改善効果が示されている。卵巣癌に対する有効な検診は確立されておらず,BRCA1あるいはBRCA2変異をもつ女性にリスク低減卵巣卵管切除術は対策の1つとして推奨される。ただし,リスク低減両側卵巣卵管切除術の実施に際しては,結婚や挙児希望等の社会的状況にも配慮する必要があり,十分なインフォームドコンセントと本人の意思に基づいて実施する。また,現在のところリスク低減卵巣卵管切除術は保険適用にはなっておらず,各医療施設の病院内倫理委員会などで承認を受けたうえで実施する。

背景・目的

 BRCA1あるいはBRCA2遺伝子変異を有する女性における70歳時の乳癌発症リスクは49~57%,卵巣癌発症リスクは18~40%と高率である(二次資料①)。

 リスク低減両側卵巣卵管切除術(risk reducing bilateral salpingo—oophorectomy;RRSO,予防的両側卵巣卵管切除術prophylactic bilateral salpingo—oophorectomy;PBSOとも称す)は臨床的に悪性所見を認めない段階で両側の卵巣及び卵管を予め切除することであり,卵巣癌卵管癌の発症リスクを減少させることが期待されるが,さらに乳腺上皮細胞が女性ホルモンの影響を受けて癌化するため乳癌の発症リスクも減少させる可能性がある。ここではRRSOにおける卵巣癌および乳癌発症リスク低減および生命予後の改善に関するこれまでの知見を総括する。

解 説

 まず,RRSOにより卵巣癌や卵管癌の発症リスクが減少することは確実である。

 卵巣癌の発症リスク軽減に関する3つの先行研究で計2,840人のデータを用いたメタアナリシスの結果では,BRCA1/2遺伝子に関連する卵巣癌,卵管癌のリスクはハザード比で0.21に減少した1)。RRSO後に発症した癌はいずれも腹膜癌で,BRCA1遺伝子変異陽性者がほとんどであった。

 Finchらの研究はこのうちの1つとして取り上げられている。1992~2003年までに国際登録されているBRCA1あるいはBRCA2遺伝子に病的変異を有する1,828人を対象としたコホート研究である。このうち555人がエントリー前に,490人がエントリー後にRRSOを受け,783人がRRSOを受けなかった。平均3.5年の経過観察期間中に卵巣が残っている症例では,32の卵巣癌が認められた。一方,11例はRRSO時に発見され,7例はRRSO後に発見されすべて腹膜癌であり,6例はBRCA1変異陽性者に発症した2)。RRSOによる癌のリスクは80%減少した(ハザード比0.20,95%CI:0.07—0.58)。RRSO術後の腹膜癌の累積発症率は20年で4.3%であった。

 また,前述のRebbeckらのメタアナリシスでは1)RRSOによる乳癌発症のリスクも減少することが示されている。乳癌の発症リスクはBRCA1/2変異陽性者においてRRSOによりHRで0.49(95%CI:0.37—0.65)と減少することが示された。さらにBRCA1変異陽性者,BRCA2変異陽性者ともハザード比で0.47と乳癌の発症リスクが減少した。しかし,最近の研究では,BRCA1変異陽性者についてはそれほど下がっていないという規模は小さいが前向き研究の報告が複数みられる。Fakkertらの前向きコホートでは,平均28カ月のフォローアップ期間にRRSO後に生じた18例の乳癌のうちRRSO時にすでに罹患していた症例を除く13例(BRCA1 12例,BRCA2 1例)が観察された。一方,累積罹患リスクのデータと文献1)のハザード比から予測されるRRSO後の乳癌発症の予測値はBRCA1 5例,BRCA2 3例であり,BRCA1変異陽性例では期待される効果はあげられていないことになる3)。文献1)のメタアナリシスの中で採用されているKauffらの多施設前向き研究では1,079人を対象としてBRCA1BRCA2変異別にRRSOの効果を3年間経過観察した。その結果,RRSOはBRCA1関連卵巣卵管癌の発症を85%,BRCA2関連乳癌は72%減少させた。一方で,BRCA1関連乳癌,BRCA2関連卵巣卵管癌は有意な減少は認められなかった4)BRCA遺伝子変異陽性者全体でみた場合,RRSOによる乳癌発症の抑制効果はハザード比で0.53であった。

 RRSOの効果について,卵巣癌の発症頻度を低下させることは確実である。一方,RRSOは乳癌の発症も抑制しているとするメタアナリシスのデータがあるが,特にBRCA1変異陽性者のRRSOは乳癌発症リスクを下げないという報告もあり,この点については今後さらに検討を要する。

 さらにRRSOによりBRCA1/2変異陽性者の総死亡率を低下させるとするメタアナリシスのデータがある52つの前向き研究6)7)を対象としたメタアナリシスでは,RRSOによる総死亡率のリスク比は0.32(95%CI:0.27—0.38)であった。この総死亡率低下効果はBRCA1(RR:0.31,0.26—0.38)およびBRCA2(RR:0.36,0.25—0.52)いずれの変異陽性者にも認められている。さらに,この死亡率の低下は乳癌の既往の有無にかかわらず観察されている。ただ,これらの前向き研究の平均観察期間は5.6~6年であり,長期観察後のデータではないことに注意を要する。

 以上より,BRCA1もしくはBRCA2遺伝子変異を有する女性に対するRRSOは,卵巣癌の発症リスクを減少させるだけでなく,生命予後をも改善することがほぼ確実であり,対象者の社会的状況により実施を推奨できる。また特にBRCA2変異陽性者では,乳癌発症リスクを低下させる効果が期待される。卵巣癌の発症に対しては,有意義な検診や薬物によるリスク軽減の方法がないため,BRCA1もしくはBRCA2遺伝子変異を有する女性に対しては,RRSOの実施が推奨される。米国NCCNや米国産婦人科学会ではBRCA遺伝子変異陽性者に対するRRSOを推奨している(RRSOについて,理想的には35~40歳の出産終了時,または家系の最も早い卵巣癌発症年齢に基づき個別に勧める)。

 タモキシフェンが開発される以前にはホルモン受容体陽性の閉経前女性の進行乳癌に対して,転移再発の予防のために両側卵巣卵管切除術が行われた。現在では,BRCA1/2遺伝子に変異を有する女性において,RRSOは有効な対策の1つであると考えられる。遺伝学的検査を実施するに当たり,遺伝カウンセリングの中で,BRCA1/2遺伝子に変異が認められた場合の選択肢の1つとしてRRSOを提示して実施できる体制を整備することは急務である。

 医学的な対応としてはHBOC患者に対してRRSOは有用であると考えられる。ただし,現在のところリスク低減卵巣卵管切除術は,保険適用にはなっていない。また,実施するに当たり各医療施設の病院内倫理委員会などで承認を受けたうえで実施する。

検索式

 検索はPubMedにて,Breast Neoplasms/prevention and control,BRCA1,BRCA2,ovariectomy,salpingectomyのキーワードを用いて行った。検索期間は2012年9月~2014年9月とした。抽出された20件のうち,新たに1件を加えて検討を行った。また,RRSOによる総死亡率の減少効果に関する論文6)を引用する論文を検索して,RRSOの総死亡率低下についての検討に有用な論文を2件加えた。

参考にした二次資料

① ‌Chen S, Parmigiani G. Meta‒analysis of BRCA1 and BRCA2 penetrance. J Clin Oncol. 2007;25(11):1329‒33.

② ‌National Comprehensive Cancer Network. NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology. Breast Cancer Risk Reduction. ver1. 2014.

参考文献

1) Rebbeck TR, Kauff ND, Domchek SM. Meta‒analysis of risk reduction estimates associated with risk‒reducing salpingo‒oophorectomy in BRCA1 or BRCA2 mutation carriers. J Natl Cancer Inst. 2009;101(2):80‒7.
→PubMed

2) Finch A, Beiner M, Lubinski J, Lynch HT, Moller P, Rosen B, et al;Hereditary Ovarian Cancer Clinical Study Group. Salpingo‒oophorectomy and the risk of ovarian, fallopian tube, and peritoneal cancers in women with a BRCA1 or BRCA2 Mutation. JAMA. 2006;296(2):185‒92.
→PubMed

3) Fakkert IE, Mourits MJ, Jansen L, van der Kolk DM, Meijer K, Oosterwijk JC, et al. Breast Cancer Incidence After Risk‒Reducing Salpingo‒Oophorectomy in BRCA1 and BRCA2 Mutation Carriers. Cancer Prev Res(Phila). 2012;5(11):1291‒7.
→PubMed

4) Kauff ND, Domchek SM, Friebel TM, Robson ME, Lee J, Garber JE, et al. Risk‒reducing salpingo‒oophorectomy for the prevention of BRCA1‒ and BRCA2‒associated breast and gynecologic cancer:a multicenter, prospective study. J Clin Oncol. 2008;26(8):1331‒7.
→PubMed

5) Marchetti C, De Felice F, Palaia I, Perniola G, Musella A, Musio D, et al. Risk‒reducing salpingo‒oophorectomy:a meta‒analysis on impact on ovarian cancer risk and all cause mortality in BRCA1 and BRCA2 mutation carriers. BMC Womens Health. 2014;14(1):150.
→PubMed

6) Domchek SM, Friebel TM, Singer CF, Evans DG, Lynch HT, Isaacs C, et al. Association of risk‒reducing surgery in BRCA1 or BRCA2 mutation carriers with cancer risk and mortality. JAMA. 2010;304(9):967‒75.
→PubMed

7) Finch AP, Lubinski J, Møller P, Singer CF, Karlan B, Senter L, et al. Impact of oophorectomy on cancer incidence and mortality in women with a BRCA1 or BRCA2 mutation. J Clin Oncol. 2014;32(15):1547‒53.
→PubMed

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