日本乳癌学会のWeb版「乳癌診療ガイドライン」

総論3:病理組織検体の適切な取扱いについて (病理診断・総論・ID61850)

  乳癌診療ガイドライン2 疫学・診断編(227-229ページ)

 病理形態診断は,通常,ホルマリン固定パラフィン包埋(formalin fixed paraffin embedded;FFPE)検体を用いたヘマトキシリン・エオジン(HE)染色標本で行われる。蛋白の発現や局在,リン酸化レベルを検出するための免疫組織化学的方法(IHC法),mRNAの発現や局在,染色体異常,遺伝子増幅・相互転座を検出するためのin situ hybridization(ISH)法にも,FFPE検体が使用される(病理診断CQ 81011参照)。また,FFPE検体から抽出した核酸溶液からは,遺伝子異常の検索やmRNAの定量・発現の解析も可能で,FFPE検体はOncotype DXなどの多遺伝子アッセイにも用いられている(乳癌診療ガイドライン①治療編2015年版,薬物療法CQ 37参照)。これらの診断・検査の流れは,① 解析前段階(pre—analytical),② 解析段階(analytical),③ 解析後段階(post—analytical)の3工程に分類される。解析前段階には,患者から採取された生検検体や手術材料のホルマリン固定,パラフィン包埋,薄切,未染標本作製を行うまでの工程が含まれる。本項では,解析前段階について,多数・多種類の臓器を区別なく取り扱っている一般的な病理検査室での注意事項を基本に,乳癌の病理診断のために必要な事項を補足して述べる1)~4)

 患者から採取された生検検体や手術材料は,乾燥や核酸・蛋白変性を防ぐ観点から,速やかに十分量(検体容積の約10倍,大きい検体でも等容積以上)のホルマリン系固定液を用いて固定を行うことが推奨されている。固定までの時間は,American Society of Clinical Oncology/College of American Pathologists(ASCO/CAP)のHER2検査ガイドラインでは1時間以内を推奨している。固定するまでの時間の遅れは,HE染色標本での形態所見,IHC法およびISH法の結果,いずれにも影響を与える5)~7)。検体採取から固定までに時間がかかる場合は,ライソゾームなどの蛋白分解酵素による組織融解を防ぐために冷蔵庫に一時保存する必要があるが,長時間の保存は避けるべきである6)7)。組織に対するホルマリン浸透は1時間あたり1 mm程度とされ,大きな切除検体では腫瘍部にホルマリンが到達するまでに時間を要する8)。検体中心部の固定不良はIHC法の染色性低下,不均一性の一因ともされ,腫瘍部分の検体を別取りして固定を行うか,腫瘍部近傍に割を入れたりすることで,速やかに腫瘍部の固定を行う必要がある。

 固定液に関しては,ASCO/CAPのホルモン受容体やHER2検査のガイドライン,および,乳がんHER2病理部会作成の「HER2検査ガイド 乳癌編第4版」では,蛋白抗原性・遺伝子保持の点から10%中性緩衝ホルマリンが推奨され,アルコール,アセトンなどホルマリン以外の固定液の使用は不可とされている。ホルマリン濃度の低いzinc(Zn)formalinや非ホルマリン固定液などでも10%中性緩衝ホルマリンと同等の結果が得られるという報告もあるが9),ホルマリンの濃度,pHによってさまざまな結果となるという報告もあり10),現状では推奨されていない。ASCO/CAPのHER2検査ガイドラインには,10%中性緩衝ホルマリン以外の固定液を使用する場合は,施設内で10%中性緩衝ホルマリンを用いた場合との比較検討が必要であると記載されている。

 固定処理は可能であれば低温で行う。ASCO/CAPのHER2検査ガイドラインでは,推奨されるホルマリン固定時間が,従来の6~48時間から6~72時間に変更されている11推奨時間の逸脱許容範囲としては,96時間まで12),あるいは固定時間が7日であってもIHC法に有意な染色性低下はないという報告や,FISH法に関しても7日までの固定時間ではシグナル減弱はないとする報告が存在する8)9)。ただし,これらは強陽性を示した検体を材料として染色性やシグナルの減弱を検討したもので,中等度陽性や弱陽性検体に固定時間の違いがどの程度の影響を与えるかの検証は不十分である。最短の固定時間に関しては6時間未満の検討も複数なされており13),特に針生検検体に関しては個々の抗原に関して短時間固定の影響はないとする報告がある。しかしながら一部の症例には染色性の減弱もみられ,ASCO/CAPガイドラインでは短時間の固定は推奨していない。

 IHC法は,FFPE検体を4μmに薄切した標本を用いることが推奨されている。切片の厚さは染色強度に影響を及ぼすため,推奨される一定の厚さでの標本作製が望ましい。薄切後の未染色標本は,室温保管により経時的に染色性が低下することが知られている。ASCO/CAPのHER2検査ガイドラインでは,最長でも室温保存で6週間以内の染色を推奨しているが,薄切標本作製後は可能な限り速やかに検査を行うべきである。

 最近では,病理診断で使用したFFPE検体を用いた遺伝子検査が増加している。FFPE検体は病理診断後も長期間保存されていることが多く,後向きに検査を行うことが可能である。新たな検査が開発されるたびに組織を採取する必要がなくなるなど,患者にとっても利点は多い。一方,FFPE検体を用いた遺伝子検査では,ホルマリン固定処理によって組織中のDNAが断片化するため,検出不能となる場合がある。核酸の断片化の程度もホルマリンのpH,固定時間,固定温度に影響するところが大きいため10)14)遺伝子検査を行う場合には,特に,10%中性緩衝ホルマリンを使用した低温での短時間(48時間以内)の固定が推奨されている。また,FFPE検体では長期保存によりDNA,RNAの劣化が進行する。信頼性の高いDNA検査を行うためには,作製後3年以内のFFPE検体を使用することが望ましいとする報告もある15)

 病理検査室の現状を把握するため,日本病理学会認定施設および日本乳癌学会認定/関連施設の321施設を対象に,2011年,日本病理学会精度管理委員会がアンケート調査を行った。その調査結果によると,10%中性緩衝ホルマリンを使用している施設は半数程度で,それ以外の施設では10%あるいは20%非緩衝ホルマリン,20%中性緩衝ホルマリンなどが使用されていた16)。また,切除検体の長時間放置(delay fixation)やホルマリン長時間固定を行っている施設も存在していた。

 FFPE検体を用いた検査結果は,解析前の検体の取り扱い方法に大きく左右される。検体採取段階から品質劣化を防ぐ意識が重要である。また,各施設における内部精度管理および各施設の精度を外部から管理・保証する外部精度管理が重要である。最近,病理検査の精度管理を目的とした特定非営利活動法人日本病理精度保証機構(http://jpqas.jp/)が始動したところであり,今後の活動が期待される。

参考文献

1) Hewitt SM, Lewis FA, Cao Y, Conrad RC, Cronin M, Danenberg KD,et al. Tissue handling and specimen preparation in surgical pathology:issues concerning the recovery of nucleic acids from formalin—fixed, paraffin—embedded tissue. Arch Pathol Lab Med. 2008;132(12):1929—35.
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2) Engel KB, Moore HM. Effects of preanalytical variables on the detection of proteins by immunohistochemistry in formalin—fixed, paraffin—embedded tissue. Arch Pathol Lab Med. 2011;135(5):537—43.
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3) Hammond ME, Hayes DF, Dowsett M, Allred DC, Hagerty KL, Badve S, et al;American Society of Clinical Oncology;College of American Pathologists. American Society of Clinical Oncology/College of American Pathologists guideline recommendations for immunohistochemical testing of estrogen and progesterone receptors in breast cancer(unabridged version). Arch Pathol Lab Med. 2010;134(7):e48—72.
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4) Wolff AC, Hammond ME, Hicks DG, Dowsett M, McShane LM, Allison KH, et al;American Society of Clinical Oncology;College of American Pathologists. Recommendations for human epidermal growth factor receptor 2 testing in breast cancer:American Society of Clinical Oncology/College of American Pathologists clinical practice guideline update. Arch Pathol Lab Med. 2014;138(2):241—56.
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6) Yildiz—Aktas IZ, Dabbs DJ, Bhargava R. The effect of cold ischemic time on the immunohistochemical evaluation of estrogen receptor, progesterone receptor, and HER2 expression in invasive breast carcinoma. Mod Pathol. 2012;25(8):1098—105.
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7) Portier BP, Wang Z, Downs—Kelly E, Rowe JJ, Patil D, Lanigan C, et al. Delay to formalin fixation ‘cold ischemia time’:effect on ERBB2 detection by in—situ hybridization and immunohistochemistry. Mod Pathol. 2013;26(1):1—9.
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9) Moatamed NA, Nanjangud G, Pucci R, Lowe A, Shintaku IP, Shapourifar—Tehrani S, Rao N, et al. Effect of ischemic time, fixation time, and fixative type on HER2/neu immunohistochemical and fluorescence in situ hybridization results in breast cancer. Am J Clin Pathol. 2011;136(5):754—61.
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11) Tong LC, Nelson N, Tsourigiannis J, Mulligan AM. The effect of prolonged fixation on the immunohistochemical evaluation of estrogen receptor, progesterone receptor, and HER2 expression in invasive breast cancer:a prospective study. Am J Surg Pathol. 2011;35(4):545—52.
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12) Yildiz—Aktas IZ, Dabbs DJ, Cooper KL, Chivukula M, McManus K, Bhargava R. The effect of 96—hour formalin fixation on the immunohistochemical evaluation of estrogen receptor, progesterone receptor, and HER2 expression in invasive breast carcinoma. Am J Clin Pathol. 2012;137(5):691—8.
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13) Kalkman S, Barentsz MW, van Diest PJ. The effects of under 6 hours of formalin fixation on hormone receptor and HER2 expression in invasive breast cancer:a systematic review. Am J Clin Pathol. 2014;142(1):16—22.
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14) 日本臨床検査標準協議会遺伝子関連検査標準化専門委員会.遺伝子関連検査検体品質管理マニュアル(承認文書).2011.

15) 佐藤正明,小嶋基寬,永妻晶子,中村優香,福田幸子,斉藤典男,他.パラフィンブロックの長期保存と採取試料の固定までの時間が与えるKi—67免疫染色,DNAとRNAへの影響.診断病理.2015;32:12—17.

16) 日本病理学会認定施設または日本乳癌学会認定/関連施設321施設からの回答(日本病理学会精度管理委員会によるアンケート調査2011年).http://www.jccls.org/active/trust/19report_genetic.pdf

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