Q5. 乳がんと遺伝の関係を教えてください。

5-1 乳がんは遺伝しますか。
5-2 家系内に乳がんの患者さんがいる女性は,乳がん発症リスクが高くなりますか。
5-3 遺伝性乳がんの遺伝子検査で何がわかるのですか。
5-4 BRCA1,BRCA2遺伝子に変異がみつかった場合にはどうしたらよいですか。

5-1 乳がんは遺伝しますか。

【A】乳がんの5~10%は遺伝性であるといわれていますが,それを判断するには専門的な詳しい評価が必要です。また,ご家族に乳がんや卵巣がんを発症した方がいなくても,患者さんご自身が若年乳がんや,両側性,多発性の乳がん,男性乳がん,卵巣がんと乳がんの両方にかかったことがある場合などには,遺伝性乳がんの可能性があります。

解説

遺伝性の乳がんは,乳がん全体の5~10%

乳がんを発症した人の5~10%は,遺伝的に乳がんを発症しやすい体質をもっていると考えられています。一般的に乳がんは食生活などの環境因子の影響が複雑に関与して発症していると考えられていますので,乳がん患者さんの多く(90~95%)は遺伝以外の環境因子が主に関与していることになります。

乳がん診療の中で,遺伝性を考慮することがなぜ大切なのか

遺伝性の乳がんは乳がん全体の中では少数にすぎませんが,どのような患者さんで遺伝性乳がんの可能性が考えられるのかという情報を知っておくことは,患者さんやご家族の健康を管理するうえで有用であるとされています。

遺伝性乳がんの情報を知っておくことのメリットとしては,例えば,ある患者さんの乳がんが遺伝性であると診断されると,その患者さんの血縁者の方々にもがんを発症しやすい体質が遺伝している可能性があることがわかります。これらの血縁者の方々は,適切ながん検診を受けることで,乳がんの早期発見,早期治療に結び付けることができます。乳がんをすでに発症している患者さんご自身においては反対側の乳房の診察を含めより詳しく術後の検診を行うことが可能になります。また,場合によっては,一般的には温存療法が可能であっても,乳房を温存せずにあえて乳房切除術を受ける選択肢があることも提示されることがあります。

ご自身の乳がんが遺伝性のものであるかもしれないという情報を知ることは,必ずしも良いニュースではないかもしれませんし,人によっては精神的に大きなショックを感じたり,心理的負担になったりすることもあります。しかし,遺伝の可能性がある場合にそのことを知っておくことは,患者さんご自身だけでなく,血縁者の方々にとっても健康管理上有用なことがあります。

どのような場合に遺伝性の乳がんの可能性が疑われるか

患者さんやご家族が「うちはがん家系だ」と思っていても,医学的には遺伝の可能性はほとんどないと判断できる場合もあります。逆に,患者さんのご家族に乳がん患者さんがいなくても遺伝性の疑いが濃厚な場合もあります。

現在の日本乳癌学会の診療ガイドラインでは,  表1 の項目に一つでも当てはまる場合には,遺伝性乳がんの可能性を考慮して,専門的に遺伝性乳がんに関する詳細な評価を行う診療の流れが示されています。遺伝の可能性がある程度高い場合には,乳がんの遺伝に関係する遺伝子の検査を受けること(☞Q5-3参照)を一つの選択肢として提示して,希望される患者さんには遺伝子検査を受けていただくこともあります。

表1.遺伝性乳がんを考慮すべき状況

・若年発症乳がん(50歳以下が目安。浸潤性(しんじゅんせい)および非浸潤性乳管がんを含む)
・トリプルネガティブ(ER陰性,PgR陰性,HER2陰性)乳がん
・‌同一患者における2つの原発乳がん(両側性あるいは同側の明らかに別の複数の原発がんを含む)
・年齢にかかわらず以下の乳がん患者
  1)50歳以下の乳がんに罹患(りかん)した近親者(第1~3度近親者)が1人以上
  2)上皮性卵巣がんに罹患した近親者が1人以上
  3)乳がんおよび/あるいは膵(すい)がんの近親者が2人以上
・乳がんと以下の1つ以上の悪性疾患(特に若年発症)を併発している家族がいる乳がん患者:膵がん,前立腺がん,肉腫,副腎皮質がん,脳腫瘍,子宮内膜がん,白血病/リンパ腫,甲状腺がん,皮膚症状,大頭症,消化管の過誤腫,びまん性胃がん
・卵巣がん/卵管がん/原発性腹膜がん
・男性乳がん

遺伝性乳がんは,血縁者全員に遺伝するわけではない

これまでの研究で,遺伝的に乳がんを発症しやすい体質をもっている多くの人で, BRCA1遺伝子もしくはBRCA2遺伝子と呼ばれる遺伝子のどちらかに,一般の人とは違う部分(遺伝子変異)がみられることがわかっています。また,BRCA1,BRCA2遺伝子に遺伝子変異が存在している人では,乳がんだけでなく卵巣がんも発症しやすい傾向があることもわかっています。BRCA1,BRCA2遺伝子は,細胞ががん化しないように機能していますが,これらの遺伝子にその機能が損なわれるような変化(遺伝子変異)があると,乳がんや卵巣がんなどを発症しやすくなります。ただし,BRCA1もしくはBRCA2遺伝子の遺伝子変異をもっていても全員が乳がんや卵巣がんを発症するわけではなく,一生がんを発症しない人もいます。BRCA1もしくはBRCA2遺伝子の変異をもつ女性の場合,乳がんの生涯発症リスクは65~74%,卵巣がんについてはBRCA1遺伝子変異をもつ場合は39~46%,BRCA2遺伝子変異をもつ場合は12~20%とされています。男性がBRCA1もしくはBRCA2遺伝子の変異をもつ場合は,卵巣がんのリスクはありませんが,乳がんのリスクは6%程度といわれています。

遺伝性乳がん卵巣がんの家系では,BRCA1,BRCA2遺伝子の遺伝子変異は親から子に男女関係なく2分の1(50%)の確率で伝わります。BRCA1,BRCA2遺伝子の遺伝子変異は子ども全員に遺伝するわけではなく,同じ家系の中でも遺伝子変異をもつ人ともたない人がいることになります。遺伝子変異が男性に伝わった場合,その男性自身が乳がんを発症するリスクは女性より低いですが,もっている遺伝子変異はその男性の子どもに2分の1(50%)の確率で伝わることになります。

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5-2 家系内に乳がんの患者さんがいる女性は,乳がん発症リスクが高くなりますか。

【A】ご自身の家系内に乳がん患者さんがいる場合,その患者さんとご自身との血縁関係が近いほど,また乳がん患者さんが家系内に多くいればいるほど,その人の乳がん発症リスクは高くなります。

解説

世界中の多くの研究をまとめた検討では,親,子,姉妹の中に乳がん患者さんがいる女性は,いない女性に比べて2倍以上乳がんになりやすいことがわかりました。また,祖母,孫,おば,姪に乳がんの患者さんがいる女性は,いない女性に比べておおよそ1.5倍の乳がん発症リスクがあることもわかっています。乳がんを発症した親戚の人数が多い場合には,さらにリスクは高くなり,これは日本における研究でも同様の結果が得られています。また,卵巣がんにかかった人が家系内にいる場合は,乳がん発症リスクが高くなる可能性があります。しかし,それ以外のがんについては,乳がん発症リスクが高くなるとの報告はありません。

5-3 遺伝性乳がんの遺伝子検査で何がわかるのですか。

【A】遺伝性乳がんの可能性が疑われる場合,BRCA1BRCA2などの遺伝子の検査を受けることが可能です。
遺伝子検査は,通常の採血で行うことができますが,遺伝子検査ですべての遺伝性の異常がわかるわけではありません。

解説

遺伝子の検査は,血液を用いて行われます。その遺伝子検査を受けるかどうかは患者さんの自由意思に基づいて決定されますので,遺伝子検査が強制されることはありません。

遺伝子検査でわかること,わからないこと

乳がんや卵巣がんの患者さんがBRCA1BRCA2の遺伝子検査を受けて,遺伝子の異常がみつかった場合,その患者さんの乳がんあるいは卵巣がんに対するその後の予防や検診は,乳がんや卵巣がんに罹患するリスクが非常に高いという遺伝的な体質があることを前提として行われます。また,この場合その患者さんの血縁者の方で,同じ遺伝子の異常が伝わっているかどうかを調べることができます。

ただ,この遺伝子の異常がみつかった人でも,必ずしも全員が乳がんや卵巣がんを発症するわけではありません。実際にその人が乳がんや卵巣がんを発症するのかどうか,発症するとしたら何歳頃に発症するのかといったことは,遺伝子検査の結果からはわかりません。

また,遺伝子検査では,常に確実な答えが得られるわけではありません。例えば,患者さんの状況や家族歴から遺伝性乳がんが強く疑われて,BRCA1BRCA2の遺伝子検査を行ったものの遺伝子の異常がみつからなかった場合を考えてみます。現在行われている遺伝子検査ではみつけることができない遺伝子の異常が存在している可能性も考慮します。BRCA1BRCA2遺伝子の異常がみつからなかった場合に,がんは遺伝による発症ではないとしてよいかどうかは,患者さんの状況や家族歴によって異なります。専門的な判断が必要となり,厳密な基準はありません。

遺伝子検査を受けられる施設,費用など

日本においては,すべての医療機関で,BRCA1BRCA2遺伝子などの乳がんの遺伝にかかわる遺伝子の検査ができるわけではなく,大学病院やがん専門病院,地域の基幹病院(拠点病院)など,検査ができる施設との連携が必要となります(http://www.hboc.jp/facilities/index.html)。

BRCA1BRCA2遺伝子の検査は,現状では健康保険の適用対象になっておらず,一般的な検査よりも高額です。その他の詳しい情報も説明してもらったうえで,検査を希望するかどうかどうかを判断します。また,BRCA1BRCA2遺伝子の検査は,通常は,未成年では行いません。

遺伝子検査を受けなくても検診を受けることが大切

乳がんや卵巣がんの遺伝性が疑われる場合でも,遺伝子検査を受けるか受けないかは自由です。遺伝子検査を受けていなくても遺伝性の可能性が高い場合には,がん患者さんの治療や血縁者の方々のがん予防や検診は,遺伝性であることを考慮したうえで実施することが勧められています。

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5-4 BRCA1BRCA2遺伝子に変異がみつかった場合にはどうしたらよいですか。

【A】乳がんを発症していない場合
女性の場合,乳がん対策としては,25歳頃から乳房MRIによる乳がん検診を行うことが勧められます。予防的に両側の乳房切除(リスク低減乳房切除)を行うことも一つの選択肢になります。
卵巣がんと卵管がん対策としては,35~40歳頃で,妊娠・出産の希望や可能性がなければ,予防的に両側の卵巣と卵管の切除(リスク低減卵巣卵管切除)を行うことが勧められます。
リスク低減卵巣卵管切除を行わない場合は6カ月ごとの経腟超音波検査と腫瘍マーカーのCA125を測定する卵巣がん検診も(その早期発見における効果は疑問視されていますが)一応一つの選択肢となります。
男性の場合は自己乳房検診の指導を受けるとともに,40歳頃には一度マンモグラフィ検査を受けることが勧められます。また,40歳頃からは前立腺がんの検診を受けることが勧められます。
乳がんをすでに発症している場合
乳がんを発症している側の乳房に関しては,強い温存手術の希望がなければ乳房切除が勧められます。また,乳がんを発症していない反対側の乳房に対してリスク低減乳房切除を行うことを検討してもよいと考えられます。
さらに,卵巣がんや卵管がんを発症していないか,精密検査が必要です。卵巣がんや卵管がんを発症していない場合,35~40歳頃で,妊娠・出産の希望や可能性がなければ,リスク低減卵巣卵管切除を行うことが勧められます。

解説

乳がんを発症していない場合

BRCA1BRCA2遺伝子に変異を有する方においては25歳頃から徐々に乳がん発症リスクが高くなり,40歳ごろからは徐々に卵巣がん発症リスクが高くなります。特にBRCA1遺伝子変異を有する方に発生する乳がんは悪性度が高く,早く進行するものが多いこともわかっています。ただ,全員が発症するわけではないことを理解したうえでその対策を検討する必要があります。

乳がんに関しては乳房MRIを用いて精度の高い乳がん検診を行うことによって従来の検診より早期に発見することが可能ですので,25歳頃から1年に1回程度,MRI検診を行うことが勧められます。ただ,乳房MRIでより早期に発見することで乳がんによる死亡率が減少するかどうかは定かではありません。また,日本においては乳房MRIによる検診は健康保険の適用外です。MRIが利用できない場合はマンモグラフィや超音波検査を用いて乳がん検診をすることが勧められます。一方で,両側のリスク低減乳房切除に関しては,乳がんによる死亡リスクを減少させるかどうかは定かではありませんが,乳がん発症リスクを約90%減少させることがわかっていますので,検討されてもよい選択肢の一つと考えられます。しかし,現在(2016年5月),日本ではリスク低減乳房切除は保険適用外ですので,これに関連する一連の医療(乳房再建術を含む)はすべて自費診療となります。また,日本では発がん前の臓器を切除するという医療行為が社会的に受け入れられているとは言い難い状況です。そのため,リスク低減乳房切除を希望される場合は各医療施設の病院内倫理委員会などで承認を受ける必要があります。

卵巣がんに関しては検診を行うことの有用性は証明されていません。検診を行っていても卵巣がんや卵管がんは進行した状態で発見されてしまうことがあるのが現実です。一方で,リスク低減卵巣卵管切除によって卵巣がん,卵管がんによる死亡リスクが減少することが明らかとなっています。したがって,理想的には35~40歳で,妊娠・出産の希望や可能性がなければ,リスク低減卵巣卵管切除を行うことが勧められます。リスク低減卵巣卵管切除を行わない場合は6カ月ごとの経腟超音波検査と腫瘍マーカーのCA125を測定する卵巣がん検診も一つの選択肢となりますが,有用性は定かではありませんので十分に担当医や婦人科医と相談する必要があります。

BRCA1BRCA2遺伝子の変異は女性に限ったことではありません。男性の場合は乳がんと前立腺がんの発症が比較的多いことがわかっていますので,自己乳房検診の指導を受けるとともに,40歳頃には一度マンモグラフィ検査を,さらにこの頃から腫瘍マーカーであるPSAを測定する前立腺がんの検診を受けることが勧められます。

乳がんをすでに発症している場合

BRCA遺伝子変異のない人に比較して,手術の何年か後に,温存した乳房内に別の乳がんを発症する危険性が高いことが知られています。したがって,強い温存手術の希望がない場合は一般的に乳房切除が勧められます。一番の問題は,現在乳がんを発症していない反対側の乳房をどうするのかということです。これに関しては反対側のリスク低減乳房切除を行った人と行わなかった人の乳がん死亡率を比較した3件の研究報告があります。いずれもリスク低減乳房切除を受けた人での乳がん死亡率のほうが低いという結果ですので,反対側のリスク低減乳房切除は検討してもよいと考えられます。

さらに,現時点で卵巣がんや卵管がんを発症していないか,精密検査が必要です。卵巣がんや卵管がんを発症していない場合,理想的には35~40歳で,妊娠・出産の希望や可能性がなければ,リスク低減卵巣卵管切除を行うことが勧められます。

日本では保険診療と自費診療を同時に行う混合診療は原則禁止されていますので,発症した側の乳房切除と反対側のリスク低減乳房切除を同時に行うと,発症した乳がんの手術まで自費となってしまう可能性があります。反対側のリスク低減乳房切除を希望される場合には,いつ行うかについて担当医と十分に相談してください。

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