Q14.初期治療の考え方と全体の流れについて 教えてください。

【A】初期治療は,病状や患者さんの希望に合わせて最適な局所治療と全身治療を組み合わせ,乳がんの再発を抑え,乳がんを完全に治すこと(治癒)を目的とします。

初期治療とは ▶治療の考え方 ▶乳がんの病期(ステージ) ▶治療の流れ

解説

初期治療とは

乳がんと診断され,最初に受ける治療を「初期治療」と呼びます。初期治療には,手術,放射線療法といった局所治療と,化学療法(抗がん剤治療),ホルモン療法,抗HER2療法などによる全身治療が含まれます。「初期治療」というのは,他の臓器への転移(遠隔転移)がない乳がん患者さんの治療として,すでに起こっているかもしれない微小転移を根絶し,乳がんを完全に治すこと(治癒)を目指すものです。

乳がんの診断後,大至急治療をしないと乳がんが広がってしまうのではないかと心配される方がおられます。しかし,1cmの乳がんのしこりの中には約10億個もの乳がん細胞が含まれており,乳房の中に1個のがん細胞が生じてから1cmのしこりになるまでに何年もの(一般に7~8年以上)時間が経っていると考えられています。そのため乳がんと診断されたときには,がんが生じてからすでに数年たっているのです。最も適した初期治療を落ち着いて選択することが大切です。

治療の考え方
(1)正しい診断の重要性

最適な治療方針を決めるためには,正しい診断が不可欠です。乳がんかどうかという診断だけではなく,非浸潤(ひしんじゅん)がんなのか,浸潤(しんじゅん)がんなのか,進行度(病期,ステージ),ホルモン受容体やHER2の状況,がんの悪性度(グレード)はどうか(☞Q27参照),腋窩(えきか)リンパ節転移はあるのか,などを診断することが重要です。これらの情報は,治療を進めながらわかってくる場合もあります。また,糖尿病や心臓病などの合併症の有無,年齢などからみた全身状態,患者さん自身の治療に関する希望なども考慮して治療方針を決めます。

(2)微小転移の考え方

乳がんは,骨,肺,肝臓,脳などに転移することがあります。乳がんがしこりとしてみつかるだいぶ以前から,すでにからだのどこかに微小転移の形で存在すると考えられています。このような微小転移が分裂・増殖し,1cm前後の大きさになるとCT,MRIやPET─CT,骨シンチグラフィなどの画像診断で遠隔転移としてみつかるようになります。

微小転移はしばしばタンポポの種に例えられます。タンポポの種は,風に吹かれて遠くの土地まで飛んでいき,発芽に適した場所で芽を出しますが,芽を出して花を咲かせるまではみつけることはできません。それと同じように乳がんと診断された時点ですでに,微小転移が存在する場合があります。微小転移があるかどうかは,乳がんの性質(☞Q27参照)や発見された時期により異なります。微小転移を伴う確率は腫瘍の大きさや腋窩リンパ節転移の有無や程度,悪性度(グレード)などさまざまな検査結果から推定します。

乳がんの病期(ステージ)

乳がんの病期(ステージ)はしこりの大きさや乳房内での広がり具合,リンパ節への転移状況,他の臓器への転移の有無により分類されます (表1)

表1 乳がんの病期(ステージ)分類

病期 しこりの大きさや転移の状況
0期 非浸潤がん
Ⅰ期 しこりの大きさが2cm以下でリンパ節転移なし
Ⅱ期  
ⅡA期 しこりの大きさが2~5cm以下でリンパ節転移なし
しこりの大きさが2cm以下で同側腋窩リンパ節レベルⅠ,Ⅱ転移あり
ⅡB期 しこりの大きさが5cmを超えて,リンパ節転移なし
しこりの大きさが2~5cm以下で,同側腋窩リンパ節レベルⅠ,Ⅱ転移あり
Ⅲ期  
ⅢA期 しこりの大きさが5cmを超えて,同側腋窩リンパ節レベルⅠ,Ⅱ転移あり
しこりの大きさは問わず,同側腋窩リンパ節レベルⅠ,Ⅱが周囲組織に固定されている,または胸骨傍リンパ節のみに転移あり
ⅢB期 しこりの大きさは問わず,しこりが胸壁に固定されていたり,皮膚に浮腫や潰瘍を形成しているもの(炎症性乳がんを含む)で,リンパ節転移なし,または同側腋窩リンパ節レベルⅠ,Ⅱ転移あり,または胸骨傍リンパ節のみに転移あり
ⅢC期 しこりの大きさは問わず,同側腋窩リンパ節レベルⅢあるいは鎖骨上のリンパ節転移あり,また,胸骨傍リンパ節と同側腋窩リンパ節レベルⅠ,Ⅱ両方に転移あり
Ⅳ期 しこりの大きさやリンパ節転移の状況にかかわらず,他の臓器への転移あり

治療の流れ
(1)非浸潤がん(ステージ0)

非浸潤がんは,がん細胞が乳管・小葉の中にとどまる乳がんで,適切な治療を行えば,転移や再発をすることはほとんどないと考えられます(☞Q27参照)。腫瘍の範囲が小さいと考えられる場合には乳房温存手術あるいは乳房温存手術とセンチネルリンパ節生検を行い,術後放射線療法を行います。また,非浸潤がんが広い範囲に及んでいる場合には,乳房切除術が必要になります。非浸潤がんであれば,微小転移を伴う可能性は低いと考えられるため,多くの場合,術後に薬物療法は必要ありません。ホルモン受容体陽性の場合には,乳房温存手術後にタモキシフェン(商品名 ノルバデックス)を5年間内服するという選択肢もあります。

(2)浸潤がん

浸潤がんは,乳管・小葉の周囲にまで広がった乳がんを指します。乳がんと診断される場合,約80%以上は浸潤がんです。

▶ステージⅠ~ⅢA

①腫瘍が比較的小さい場合:

腫瘍の大きさが比較的小さく,広い範囲に石灰化が広がっていないような場合には乳房温存手術が可能です。腫瘍が乳頭に近くても乳房温存手術ができることもあります。乳房温存手術を選択した場合には原則として術後放射線療法が必要です。必要に応じて術後薬物療法を行います。

②腫瘍が比較的大きい場合:

⃝手術→術後薬物療法

腫瘍が比較的大きく,温存手術が困難であると考えられる場合,乳房切除術を行います。ステージIでも,マンモグラフィで広い範囲に石灰化が認められたり,CTやMRIで乳房内にがんが広く広がっていると考えられる場合には乳房切除術を行います。

⃝術前薬物療法→手術

腫瘍が大きいため,そのままでは温存手術ができない場合でも,術前に薬物療法を行い,腫瘍が小さくなれば乳房温存手術が可能になる場合があります。術前薬物療法でどの薬剤を選択するかは,基本的には下記の術後薬物療法での考え方と同じです。ホルモン受容体陽性細胞の割合が高い場合,閉経後の患者さんならアロマターゼ阻害薬を6カ月程度内服する術前ホルモン療法が可能な場合もあります。HER2陽性の場合には,トラスツズマブ(商品名 ハーセプチン)と化学療法を併用する治療を6カ月程度継続します。トリプルネガティブの場合には,化学療法を6カ月程度継続します。また,ホルモン受容体陽性の場合でも化学療法が選択されることもあります。術前化学療法についてはQ17を参照してください。

③腋窩リンパ節の切除

手術前に明らかな腋窩リンパ節転移が認められる場合には,腋窩リンパ節郭清(かく せい)が必要です。一方,腫瘍の大きさにかかわらず,手術前の検査で明らかな腋窩リンパ節転移がない場合には,センチネルリンパ節生検を行います。センチネルリンパ節に転移がなければ,腋窩リンパ節郭清は省略できます。センチネルリンパ節に転移がみつかった場合には,転移の大きさや転移リンパ節個数などにより,腋窩リンパ節郭清(かくせい)の必要性を吟味します。現時点では,センチネルリンパ節に転移がみつかった多くの場合に腋窩リンパ節郭清(かくせい)が必要ですが,一定の条件を満たせば省略することも可能と考えられています(☞Q21参照)。また,腋窩リンパ節転移が陽性で,手術をしたあたりでの再発(局所再発)の危険性が高いと考えられる場合は,乳房切除後でも術後放射線療法を行います(☞Q30, 32参照)。

④術後薬物療法の選択

⃝ホルモン療法:ホルモン受容体陽性の場合,ホルモン療法を行います(☞Q50, 51参照)。

⃝抗HER2療法:HER2が陽性ならトラスツズマブによる抗HER2療法を行います(☞Q49参照)。

⃝化学療法(抗がん剤治療):化学療法を行うかどうかについては,進行度やグレード,HER2,ホルモン受容体の状態など乳がんの性質によって異なります(☞Q35, 45, 46参照)。

ⅰ)HER2陽性で,腋窩リンパ節に転移がある,あるいは腋窩リンパ節転移はなくても再発リスクが高いと判断された場合には,トラスツズマブ治療を行います。アンスラサイクリン系薬剤やタキサン系薬剤などの抗がん剤と組み合わせて投与します。

ⅱ)エストロゲン受容体やプロゲステロン受容体,HER2のいずれも陰性の乳がん,すなわちトリプルネガティブ乳がんの場合は通常化学療法を行う必要があります。ただし,ホルモン受容体陰性・HER2陰性となりやすい腺様囊胞(せんようのうほう)がん(☞Q28参照)などの再発のリスクが低い特殊な乳がんに対しては化学療法を行わないこともあります。

ⅲ)ホルモン受容体陽性,HER2陰性の場合には,ホルモン療法を行います。がん細胞全体におけるホルモン受容体陽性細胞の割合が多いほど,ホルモン療法の効果は高くなります。化学療法を追加するかどうかについては, 腫瘍(しゅよう)の大きさ,脈管侵襲(みゃっかんしんしゅう)の有無,腋窩リンパ節転移陽性個数,ホルモン受容体陽性細胞の割合,グレード,および増殖指標,患者さん自身の希望(可能性があるならどんな治療でも受けたいのか,それとも副作用は可能な限り避けたいのか)などを考慮して決めます。

▶局所進行乳がん(ステージⅢB,ⅢC)

乳房表面の皮膚や胸壁(きょうへき)にがんが及んでいる,炎症性乳がん(☞Q28参照)となっている,鎖骨上リンパ節にまで転移が及んでいる,などの場合は,そのまま手術することはできません。また,からだのどこかに微小転移を伴う可能性が大変高いので,薬物療法を主たる治療手段と考えます。薬剤の選択は,前項の術後薬物療法の選択と同じです。薬物療法を行った後に,乳房のしこりや腫れていたリンパ節が縮小した場合には,手術や放射線療法などの局所治療を追加することを検討します。

▶遠隔転移を伴っている乳がん(ステージⅣ)

この場合は,転移乳がんとして全身治療を行います。治療の目的,流れについては,Q39を参照してください。原発病巣に対しては,疼痛,出血,感染などがある場合には,手術,放射線などの局所療法を行います。

Q14-治療の流れ

図 診療の流れ:初期治療と経過観察

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