Q49.分子標的治療とは,どのような治療ですか。どんな人が治療の対象となりますか。 また,副作用はあるのでしょうか。

【A】分子標的治療は,がん細胞に特有の分子をねらい撃ちすることで,副作用がほとんどなくがんを抑える効果が期待された治療法ですが,必ずしも理屈通りにはいかないようです。乳がんにおける代表的な分子標的治療薬にはトラスツズマブ(商品名ハーセプチン),ペルツズマブ(商品名パージェタ),トラスツズマブエムタンシン(商品名カドサイラ),ラパチニブ(商品名 タイケルブ)などがあります。これらは,HER2タンパクを攻撃することでがんを抑えますので,HER2陽性の人にのみ効果があります。

分子標的治療とは ▶HER2(ハーツー)タンパクとは(☞Q27参照) ▶抗HER2療法の対象になるかどうかの判定方法 ▶手術前後に再発予防の目的で使用する抗HER2療法 ▶進行・再発乳がんの患者さんに対する抗HER2療法 ▶トラスツズマブの副作用 ▶その他の抗HER2薬 ▶その他の分子標的治療薬

解説

分子標的治療とは

がん細胞は,正常細胞と違い際限なく増殖し続けますが,増殖するのに必要ないろいろな特有の因子があります。これらの因子をねらい撃ちする治療を「分子標的治療」,それに用いられる薬を「分子標的治療薬」といいます。

抗がん剤は,がん細胞も正常細胞も見境なく攻撃するため,正常細胞の中で増殖が盛んな細胞,例えば髪の毛や消化器の細胞などが影響を受けるために,脱毛や吐き気といった副作用が起こります。分子標的治療は,がん細胞だけをピンポイントでねらい撃ちし,大きな副作用なしにがんを抑える効果が期待されていましたが,前述のように必ずしもそううまくいかないことがわかってきました(☞Q47参照)。

HER2(ハーツー)タンパクとは(☞Q27参照)

乳がんの中には,その細胞の表面に「HER2タンパク」をもっているものがあることがわかりました。「HER2タンパク」は,がん細胞に「増殖しろ」という指令を出しています。

トラスツズマブやペルツズマブなどは,HER2タンパクの働きをブロックし,がん細胞の増殖を抑える薬で,この治療法を「抗HER2療法」といいます。トラスツズマブがHER2タンパクにくっつくことで目印となり,免疫細胞(外敵を攻撃するからだの中の細胞)ががん細胞を攻撃し,破壊するとも考えられています。トラスツズマブに抗がん剤をつけたトラスツズマブエムタンシンという薬剤も開発され,新しい治療法として期待されています。

これらの薬は,HER2タンパクをもっているがん細胞にのみ効果を発揮しますので,組織を調べて患者さんの乳がん細胞にHER2タンパクがある(HER2陽性)場合に使用します。乳がんの患者さんの5~6人に1人くらい(15~20%)がHER2陽性です。がんの悪性度は,HER2陽性乳がんのほうが,HER2陰性乳がんよりも高いことがわかっています。

抗HER2療法の対象になるかどうかの判定方法

がん細胞にHER2タンパクがあるかどうかは,手術前であれば針生検(はりせいけん)(吸引式乳房組織生検など)で採取した乳がん組織で,手術後であれば手術で採取した組織で,乳がんの細胞にどのくらいHER2タンパクがあるかをIHC(免疫組織化学)法で,またはHER2遺伝子の増幅をFISH(フィッシュ)法などで調べて判定します。IHC法の結果は,0,1+,2+,3+と判定され,3+であれば,抗HER2療法の適応となります。0または1+は適応にはならず,2+の場合はFISH法などでHER2陽性と判定されれば,抗HER2療法の適応となります。場合によってはまずFISH法などを行うこともあります。まとめると,がん細胞が「IHC法で3+」または「FISH法などで陽性」の場合には,HER2陽性と判定され,抗HER2療法の適応となります。

手術前後に再発予防の目的で使用する抗HER2療法

手術後にトラスツズマブと抗がん剤を組み合わせた治療を行うことで,再発する危険性が半分近くに抑えられます。したがって,HER2陽性で再発リスクが高い患者さんでは,タキサン系薬剤とトラスツズマブを併用します。抗がん剤を使わずにトラスツズマブだけを投与する方法については効果が確かめられていません。トラスツズマブは,1週間に1回あるいは3週間に1回,1年間点滴します。手術前から使用する場合は,手術前と後で合わせて1年間使用します。

進行・再発乳がんの患者さんに対する抗HER2療法

進行・再発乳がんの患者さんも,HER2陽性の人が抗HER2療法の対象となります。ただし,ホルモン受容体も陽性の場合は,まず副作用の少ないホルモン療法を行うという選択肢もあります。ホルモン療法の効果がないときには,トラスツズマブやペルツズマブを抗がん剤と一緒に使います。トラスツズマブを単独で使用する場合もあります。トラスツズマブと一緒に使う抗がん剤には,タキサン系薬剤(パクリタキセル,ドセタキセル)やビノレルビン(商品名 ナベルビン)などがあります。アンスラサイクリン系薬剤とトラスツズマブは,同時に使用すると心臓への副作用が増すので,通常は避けます。トラスツズマブが効かない場合は,トラスツズマブエムタンシン,ラパチニブとカペシタビン(商品名 ゼローダ)や,抗がん剤だけの治療を行います。一般にトラスツズマブならびにペルツズマブは3週間に1回点滴します。

トラスツズマブの副作用

トラスツズマブは抗がん剤に比べれば副作用は少ないのですが,抗がん剤と一緒に使用することがほとんどなので,抗がん剤の副作用を回避することは困難です。重い副作用として心臓機能の低下(100人に2~4人くらい)や呼吸器障害があります。このため,治療前と治療中は定期的な心臓機能検査が勧められています。重篤(じゅうとく)ではないですが,多くの患者さんにみられる副作用は発熱と悪寒で,約40%の患者さんに,トラスツズマブ投与後24時間以内(多くは8時間以内)に起こりますが,ほとんどは初回のみで2回目以降に起こることはまれです。この薬を単独で使用する場合は,脱毛や吐き気はありません(インフュージョンリアクション☞Q47参照)。

その他の抗HER2薬
(1)ラパチニブ(商品名 タイケルブ)

ラパチニブはHER2陽性乳がんに有効で,トラスツズマブと抗がん剤の併用療法が効かなくなった再発患者さんに使用を検討します。ラパチニブは飲み薬で,カペシタビンと同時に使用します。主な副作用は下痢と発疹で,脱毛や吐き気はありません。

(2)ペルツズマブ(商品名 パージェタ)

ペルツズマブはトラスツズマブと同じような薬剤で,HER2タンパクにくっつくことで効果が発揮されます。トラスツズマブおよび抗がん剤と同時に使用することで,生存期間が延長されます。ペルツズマブを併用することで重篤な副作用が増えるということはありません。

(3)トラスツズマブエムタンシン(商品名 カドサイラ)

トラスツズマブエムタンシンは,トラスツズマブにエムタンシンという抗がん剤をくっつけた薬剤です。トラスツズマブとタキサンでは効果が得られなくなった転移乳がんに対して使用すると,ラパチニブとカペシタビンと比較して生存期間が延長されます。主な副作用は,吐き気,嘔吐,下痢などの消化器症状や,疲労感,肝機能障害,血小板減少です。

その他の分子標的治療薬

乳がんに効果が期待されるその他の分子標的治療薬には次のようなものがあります。

(1)ベバシズマブ(商品名 アバスチン)

ベバシズマブは,がん細胞に栄養や酸素を運ぶ新しい血管がつくられるのを妨ぐことにより,がん細胞を兵糧(ひょう ろう)攻めにすると考えられる分子標的治療薬で,「血管新生阻害薬」とも呼ばれます。ベバシズマブは,再発した乳がん患者さんにのみ使用できます。ベバシズマブは2週間に1回点滴し,抗がん剤〔パクリタキセル(商品名 タキソール)〕と一緒に使うことでがんが小さくなる効果を高め,がんの進行を遅らせます。正常な組織にも働いてしまうので,高血圧,たんぱく尿,粘膜からの出血(鼻血,歯ぐきからの出血),白血球の減少などの副作用が増えます。そのため,メリットがデメリットを上回る患者さんを慎重に選んで使用する必要があります。

(2)エベロリムス(商品名 アフィニトール)

エベロリムスは,腫瘍の増殖に関連する多くの伝達経路にかかわるmTOR(エムトール)タンパクの働きを阻害する薬です。アロマターゼ阻害薬のエキセメスタンと同時に使うと,がんの進行を遅らせます。一方で正常な細胞にも働いてしまうために副作用は増えます。最も頻回に観察された重篤な副作用は,口内炎,貧血,呼吸困難,高血糖,疲労感,非感染性肺炎,肝酵素の上昇などです。メリットがデメリットを上回る患者さんを慎重に選んで使用する必要があります。

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