国際委員会 留学体験記 栗田 智子

日本乳癌学会 留学体験記

海外留学生だより

栗田 智子
Yale Cancer Center, Breast Center, Visiting Research Scientist

「君がやりたいプロジェクトは何だ?」
「子供の面倒はいったい誰が見るの?」
「もっと英語の勉強をした方がいい。」

 渡米翌日、ボスに挨拶に行った際、挨拶もそこそこに投げかけられた言葉でした。とっさに何と返答していいのか分からず、頭が真っ白になり、ただ言えたのは一言、“I’ll try my best.”

 幼少期に父の留学にてニューヨークに滞在していたことがあり、いつの日か家族で留学することが漠然とした夢だった。子供心に知らない英語圏での生活、異文化の経験は大変だったが、それ以上に未知のことを体験することは面白く、刺激的だった。学生時代、何度か短期留学をし、医師になってからも将来留学することを考えながら、貯金するなど準備はしていた。また、自分の子供にも外国を見せてあげたいという思いもあった。心臓血管外科医である夫は、Yale大学の血管外科の教授に直接オファーをして受け入れが決まった後、私の方もYale大学の中で留学先を探すことにした。当初、手術見学をさせてもらおうと考えて乳腺外科主任のChagpar先生と連絡を取っていたが、留学期間が2年間もあるのでリサーチをしたらどうかと勧められ、今のボスを紹介していただいた。乳腺腫瘍内科でバイオインフォマティックを専門にされているPusztai教授だ。バイオインフォマティックとは一体何だろうか。すぐにインターネットで検索してみたものの、全くの未知の分野であった。乳腺を専門にしたくて外科に入局し、途中、乳腺病理を2年間勉強した経験はあったが、遺伝子や統計に関して知識といえるものがなかった。返事のメールを思いあぐねていた折り、都内でおこなわれた研究会で偶然にも昭和大学の中村清吾教授とお話しする機会が得られた。「大丈夫。なんとかなるよ。」 「メールをしておいてあげるね。」 こうして私の留学が決まった。

 海外にいると、やはり日本人のコミュニティがとても有難い。アパートや子供の学校を決めるのも、引っ越しも、とんとん拍子で進んだ。海外で生活を一から切り開いていくことは大変だが、どうにかこうにかそうやって生活が軌道に乗っていった。

 New Havenの町はYale大学でできている、と言っていいほど大学の敷地面積は広大で、キャンパスはハリーポッターの物語から抜け出たように美しい。その中を5路線の無料シャトルバスが10〜15分ごとに巡回して走っている。日本とはやはり規模が違う。ラボは多国籍で、ボスはハンガリー出身、その他のスタッフもほとんどがアメリカ国外出身だ。また、大学構内でのミーティングや勉強会が多く、ラボミーティング以外にも、毎日のようにどこかしらで様々な症例検討会、レクチャーがあり、それに参加するのは基本的に個人の自由だ。主に、複数病院間でインターネット回線を利用して治療困難症例を話し合うNew Patient MeetingやTumor Board、様々なラボで現在研究中の教育的なレクチャー、新しいプロジェクトを話し合う場などがある。

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写真:SABCS後の食事会にて プスタイ教授のラボに留学されていた研究者の方々と一緒に。
(中央奥がプスタイ教授、右手前が筆者)

 私のいるラボは、プロジェクトの内容にもよるが、様々なデータを集めて解析するなどコンピューターを使った研究が中心である。ラボの中では日本のように誰かが手取り足取り教えてくれるということはなく、全て自分自身が主導していかなければならない。本来は当たり前のことだが、英語で進めるとなると、つい足踏みしてしまう。自分の未熟さを痛感しつつ、同僚と話し合ったり、サポートをしてもらったりして、何とか少しずつ進めている。

 留学自体は、慣れ親しんだ環境から出て、言語も違う中で生活や研究を行うことになるので、決して簡単ではない。私自身、日本のことを度々思い出し、日本での人や物の秩序だった様子やその便利さ、信頼性、食事や娯楽について、他の日本人研究者と語り合っている。外国に出て感じる日本への思いは、誰に聞いても同じ答えが返ってくるのではないだろうか。ただ、様々な国の研究者と交流できることは素晴らしい経験であり、また他を知ることで、今まで自分がやってきたこと、自分の不甲斐なさ、そしてこれからやっていこうと思うことを見つめ直す良い機会になるだろうと思う。ラボからの給料にこだわらず、留学したいという強い思いがあれば、何とか留学先は見つけることができる。人生は一度しかないので、留学に興味のある先生は是非悔いのないようにチャレンジしてみてほしいと思う。私からは、留学を検討されている方へのアドバイスをいくつか、そして子持ち女医としての情報も付け加えようと思う。

1. 英会話はある程度は必要だが、日常生活は何とかなる

 ある程度の日常英会話は出来るに超したことはないが、アメリカにしばらく住んでいると次第に度胸がついてくるもので、何とかなる。ただ、プレゼンテーション能力、ディベート能力の重要性はひしひしと感じる。プレゼンテーションに関しては私自身苦労しているし、ディベートとなるとほとんど言葉が出てこない。それに比べ、他国の研究者のプレゼンテーション能力やディベート能力には驚かされる。私にとって大きな課題だが、やはり多くの英語論文を読んで知識を増やし、プレゼンテーションの経験を重ねて、自信と度胸をつけていくしかないのだろう。こちらでは、レクチャーの最中であろうが疑問が生じれば、教授も若手も次々に手を挙げて質問や意見をする。日本ではほぼ見られない光景だ。我が子の通うキンダーガーデンでさえ、日常的に人前でプレゼンテーションやディベートをさせている様子を見ると、それも納得できる。

2.お金は出来るだけかき集めておこう

 留学中にアメリカで給料をもらえたとしても、家族同伴の場合は金銭面で決して楽ではない。日ごろから貯金しておくこと、留学先が決まったら早い段階で奨学金を探し、申請することをお勧めする。年齢が過ぎれば過ぎるほど申請できる奨学金も限られてくるし、申請できる時期についても常に注意を払っておくことが必要だ。また子供を連れて留学する場合、子供の年齢によってかかる金額が異なる。こちらのプレスクール(5歳未満)の場合は、月々の保育料が毎月の住居費と同じくらいかかるのに対し、5歳以上ではパブリックスクールに入れるので,教育費は無料だ。ただしアフタースクールに行かせる場合や、夏休みも2か月半と日本より長いので、その間にサマーキャンプに行かせる場合は、それなりの金額がかかることを想定しておく必要がある。

3. 留学に年齢制限はないが、若いほど吸収がよく、フットワークも軽い

 若ければ若いほど習得能力が高いのは当然だが、女性の場合、単身であれば更にフットワークも軽く、研究に集中できる環境だと思う。海外からの研究者の多くは20代から30代前半。ただし、家族がいた方が食事の面での寂しさもなく、精神的サポートが得られ、レジャーの楽しみが増えるなど、メリットも大きいとも思う。私の場合、二人の子供の学校の手配や学校への順応に時間を要したし、またその後も学校のスケジュールに振り回されるなど、単身に比べて自由度は低く、夫に家事育児をシェアしてもらって申し訳ない思いもあるが、自分が出来る範囲でやっていくしかない、と割り切って過ごす様にしている。

 日本に住むほぼ全ての人が医療を平等に受けられる日本の医療制度が素晴らしいことは、言うまでもない。だが、気軽に病院に受診できてしまうことが、日本の医療現場を疲弊させてしまっていることも事実である。長短はあるが、アメリカでは乳腺分野一つをとっても、診断、抗癌剤治療、手術、放射線治療、終末期医療など、それぞれの専門に分かれた医師で行われているのに対し、日本では(病院差はあるが)、一般的に医師に複数の領域の医療をすることが求められ、仕事の範囲や量が多い傾向にある。さらに、こちらでは大勢のスタッフが診療や研究をサポートしており、様々な国から研究者を受け入れながら、厳しい競争の中で次々にプロジェクトを立ち上げて精力的に研究を行っている。これらの様子を目の当たりにすると、日本でもある程度、研究環境を整えていく必要性を感じさせられた。

  私自身まだ渡米して一年も満たず、もがきながら過ごす毎日。私のこの経験がみなさんの参考になるかどうかは分かりませんが、百聞は一見に如かず。外国をご自身の目で見て感じ得たことは一生の財産になるのだろうと思います。まずは最初の一歩を踏み出してみてください。

2015年03月30日掲載

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