国際委員会 留学体験記 田中顕一郎

日本乳癌学会 留学体験記

海外留学生だより

田中顕一郎
静岡済生会総合病院、名古屋大学大学院腫瘍外科

(1) 留学を決意したきっかけ:
以前から海外医療に興味がありましたが、日本での臨床が忙しく海外を意識することも次第に少なくなりました。その後、がん研有明病院で研修中に英語論文を書く機会に恵まれ、論文を書いていて興味が再び涌き、海外の現状を自分で確かめたくなりました。そんな時に名古屋大学在任時の上司だった先生から海外出張をしてみないかと声をかけて頂きました。01

(2) 留学先が決まるまで:
臨床見学という形での留学でしたが、名古屋大学の当教室では乳腺で留学例がなくルート開拓から始める必要がありました。インターネットの留学体験記を参考に、日本の先生方がよくいらしていると思われた米国テキサス州、MDアンダーソン(MDACC)を目標にし、ホームページで見学者(Observer)募集要項を参考に、推薦頂ける先生を探しました。
直接お会いすることも念頭にメールや電話等で依頼した結果、霞富士雄先生、中村清吾先生、そして当教室の梛野正人先生に推薦状を書いて頂けました。本当に先生方には感謝しています。また、受入先決定の過程で留学経験のある先生や現地の日本人の先生に貴重な情報やご助力を頂きました。MDACC乳腺外科で海外受入担当医がキューラー(Kuerer)先生でした。次の問題は、国内にキューラー先生をご存じの先生が周りにいなかったことでした。そこで、MDACC乳腺腫瘍内科の上野直人先生をはじめ、著名な先生方のツテを頼りつつ、自分の抱負を書いたメールを何度も送りましたが返事がありませんでした。後でMDACCの先生方には毎日多数のメールが届くため、私のメールはその中に埋もれていたことがわかりました。諦めかけた時に私のメールが秘書さんの目に留まり返事を頂きました。その日の内に秘書さんに国際電話をかけ見学希望を伝えると、初めてキューラー先生から返事が来ました。その後も紆余曲折はあるも、海外を目指してから1年弱で道が開けました。その間、Observer募集要項を参考にTOEFLも受験しました。乳腺外科受入決定後、他科受入はスムーズに行きました。私はチーム医療に関心があったので乳腺外科だけでなく、画像診断、放射線治療、形成外科、臨床遺伝学の各科も半月〜1か月間ずつローテートしました。また上野先生のご厚意で、腫瘍内科も週1回、見学させて頂きました。これだけの科を回る者は珍しいとのことで、日本の先生方、留学生受入の事務部門の方にスケジュール構築でお世話になりました。

(3) 現在の留学生活:
MDACCは大規模で圧倒されました。以下に各科を回って感じたことを書かせて頂きます。

  • 乳がん手術療法:
    技術面では日本と優劣付け難いと思いました。MDACCでは独特の手術法(皮弁を、いつもの剥離層にメッツェンで入って作成)でAuchincloss法を2時間以内で終了する医師がいます。また乳房再建が盛んで、乳房の大きい患者が多く手術法は日本より多様です。米国は日本と違い乳房が大きくて困っています(800mlのエキスパンダーでも小さいことがあります)。また遺伝性乳がんが多く、予防的対側乳房切除症例も多いです(患者希望で対側乳切することもあります)。センチネルはZ0011後、郭清省略例が見られるようになりました。状況が一変するような変化を予想しましたが、そうと実感するほどの症例数はありませんでした。また、部分切除時、日本はエコーで腫瘍の位置確認をしますが米国ではNeedle Localization(フックワイヤー法)を用い、ワイヤーは手術日の朝に放射線科が挿入します。ワイヤーと病変との位置関係の判断が難しい症例では外科医が放射線科医に電話確認する姿も見かけました。
  • 乳がん補助化学療法:
    日本では臨床病理学、生物学的要素を重視するのに対し、MDACCではOncotypeDXのリスクも重視します。使用薬剤は日本ではエビデンスの確立された薬剤を中心に投与しますが、MDACCではそれに加え、日本では未承認でも米国では承認されている薬剤や、治験薬(分子標的薬が増加)も積極的に使用しています。
  • 進行・再発乳がん化学療法:
    未使用薬剤を中心に投与し、従来の薬剤を使い尽くすと治験薬等を積極的に使用します。日本と比べ薬剤の選択肢が広く、既使用薬剤を再使用することは稀でした。MDACCではアンスラサイクリンの使用歴がなければ投与を考え、極量さえ超過しなければ効果のある限り続けるスタンスでした。また通常レジメンとしてアンスラサイクリン+ハーセプチン併用法もあり、心毒性は通常の定期的な心エコーのモニタリングで問題ないという考えでした。
  • 乳がん放射線療法:
    全乳房照射ではX線、電子線、陽子線を適宜組み合わせて使用します。部分照射も適応は限られますが、事前に外来手術で乳房にカテーテルを埋め込んで行っています。エキスパンダーが入っている症例はしぼませてから照射しています。
  • システム:
    MDACCは多様な職種を設けることで臨床現場のマンパワーを充実させています(特に医師と看護師の中間のような職種があって”Physician Assistant, PA”とよばれ、医師の外来、病棟、手術業務を補佐しています)。
    外来は患者が診察室に出入りするのではなく、診察用の個室がワンフロアにたくさん設けてあり、医師は事務室のような部屋から複数のブースを診察に往復しています。また看護師やPAが患者の予診をとってから医師が診察する形をとっています。この事務室には看護師やPA(腫瘍内科では薬剤師も)詰めています。
    病棟のベッド数は病院全体で現在500床程度、乳腺外科の決まったベッド数はありません。入院期間は、再建のない患者は手術当日または翌日、ドレーンが入っていても退院しています。再建患者は形成外科が主科で診ていて4-5日の入院期間となります。また毎週2回、困難症例について乳腺関連各科の医師が集まって治療方針を相談するMultiple Disciplinary Planning Conferenceがあり、活発な議論が交わされています。
    さらに臨床棟以外に研究棟があり、基礎研究を治験、そして実臨床に反映させる一連のシステムが確立され、臨床論文の量産体制ができています。論文作成を援助するシステムも、例えばエディターが約60人常駐していたり、統計家にすぐに相談できたり等、充実しています。
  • 病院の施設について:
    MDACC以外に隣接している複数の病院も含めたメディカルセンターの広さが約2,995,000m2、MDACCの臨床棟は外来、入院、手術、事務棟等が渡り廊下で結ばれています。渡り廊下は、まるで建物の続きで屋内の様になっており、建物間の移動で屋外に出ることはありません。渡り廊下の端から端まで歩いて7分程度、遠いので大型の「ゴルフカート」も往復しています。事務棟は日本の市民病院1つと同じくらいの規模があり、その他に複数の研究棟があり、それらは臨床棟と渡り廊下、あるいは循環バスで結ばれています。従業員は約12000人です。02

私はMDACCの見学後、ニューヨークのMemorial Sloan Kettering(MSKCC)も訪問しました。こちらは愛知県がんセンターの岩田広治先生にご紹介いただき、ご友人である乳腺腫瘍内科のサイドマン(Seidman)先生のお世話になりました。MSKCCの特徴ですが、腫瘍内科はdose dense AC-Tが頻用され、高齢者、合併症リスクのある患者にはCMFを用います。更に、たとえばdose dense CMFの開発の様に、独自の視点で治験を計画・実施し、結果を臨床応用することに長けていると感じました。
乳腺外科(モロー(Morrow)先生)もお邪魔しましたが、部分切除時、Needle Localizationは術直前処置として時間がかかると考え、Radioactive Seed(術前に乳腺病変部にI125の小片を埋め込み、SLN同様、術中プローベで探索、切除する方法)を最近ルーチンとして導入したとのことです。また腫瘍摘出後、頭側、外側、尾側、内側、背側断端を別採りします。
学会はSanAntonio, ASCOだけでなく、中村清吾先生のお勧めで米国乳腺外科学会(ASBS)に参加してみるとコンパクトで教育的な会で終了後に認定テストがあり、日本の専門医試験に似た細かい問題で驚きました。

(4) 日本の医療について思うこと:
技術・知識は優れていると思いますが、多様な職種による仕事の分担、効率的な仕事に結びつくシステム作りにおいて立ち遅れていると感じました。私は今回の経験を仲間の先生に還元しチーム医療のシステム構築の手助けが出来ればと考えます。

(5) 国内の若手医師へのひとこと:
今回、米国は世界各国の優秀な人材が集まっている所だと感じました。第一線の先生方がどう考え、行動し、協力してシステムを構築しているのかを実際に自分で見ることは大きな利益だと考えます。
数十年前は日本の先生方がフルブライト留学制度等で多数、渡米され米国の最新医療情報があふれていたと聞きます。今回、私が見た限りでは米国の臨床現場で日本人医師を見かけることは稀で、他のアジア系医師の人数と比較してもかなり少数でした。他国医師が現在も多数、米国の最先端の医療技術・知識・システムを吸収しているのに日本はこのままでいいのか、近い将来、他国に医療水準で抜かれないかと危機感を感じました。
是非多くの若手医師に米国にいらして頂き、日本と異なる医療を自分の目で見て、肌で感じることをお勧めします。米国の考え方を見聞きした先生、または考えに刺激を受けた先生の数が増え、共通の認識を持ち、力を合わせてより良い日本の医療システム構築ができればと考えます。日米医療交流の永続を願っています。

2013年07月16日掲載

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